まだ緩い作りの「バス旅」

おとなしく連休最終日を迎える。すべてこともなし。合併号で一週とんで、本日「サンデー」の締め切り、原稿を送付。来週は週半ばで、またいくつか締め切りあり。

録画して、CMをすっ飛ばしながら「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」第四弾を見る。京都三条大橋から安芸の宮島へ。途中、つがらないところをタクシーに乗ったり、朝一番のバスを一つ遅らせるなど、まだ番組として緩い。緩さのよさもある。だいたい10キロ以上も歩くのはどうか、と思うからだ。

一日目に枚方、二日目に龍野、三日目の赤穂など、よく知る、あるいは訪れたことのある町が出てきて楽しい。バス案内所での聞き取りも、まだ番組が浸透していないことから、直通でそこまでと思われてしまい、簡単に「バスはつながっていない」と言われてしまう。「いや、その方面へ、乗り継いで」と言わなければ通じない。「電車で」と言われたりもする。

一日目に泊まった三ノ宮のプチホテル「北上ホテル」は、かつて「女子の古本屋」イベントのトークを「海文堂」したとき、紹介されて泊まったホテルだ。駅から近く、狭いがいいホテルだった。こんど「大人の休日」で東日本へ行く時は、どこかで意味なくバスに乗ろう。

サンズの助言

5月2日阪神対広島戦、もちろん視聴。初の4番打席に立った佐藤に注目。1,2打席ともに野村のチェンジアップに空転したが、3打席目、その低めのチェンジアップをすくいあげて右翼観客席まで飛び込んでいった。満塁ホームラン。度肝をぬかれた。コメントでサンズの助言を取り入れたという。サンズはこの日ノーヒットだったが、いやいや十分値打ちのあるベンチ入りでした。

いま感染症禍を取り上げた作品として注目されている志賀直哉「流行感冒」を読む。40年ぶり? こういう話だったか。NHKで本木雅弘主演で先日ドラマ化、も見た。およそ100年前のスペイン風邪流行が娘に及ぶことを病的に恐れる作家の話。志賀の我孫子時代の作品で、我孫子へ行き、志賀直哉旧居、白樺文学館を訪れたことを思い出す。モッくんは漱石にも扮している。重要な役どころの女中・石を演じた若い女優(古川琴音)、ヒラメみたいな顔だなと思ったら、そのあとCMその他で次々と目にすることに。

小山清耕治人、ソール・ベロ―、村上春樹訳チャンドラー『大いなる眠り』などを読む。メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲」を朝、聞く。昼は冷やし中華にしよう。きゅうり、薄焼き卵、ハム、かにかまぼこなどを刻み、ほぐし用意して冷蔵庫で冷やしておく。もう、あと4,5か月は、昼は麺類、でいい。古本屋へ行きたくなる。八王子「むしくい堂」は緊急事態宣言下の11日までお休みか。

ソール・ベロ―『この日をつかめ』

5月初日、いい天気。と思ったら、午後、冷たい風が吹き、大気が怪しくなる。東北ではまた地震があり、東京も長く揺れた。阪神対広島戦は雨で流れる。自転車で外出、宅急便の手配や郵便局で所用をすませ国分寺へ。「七七舎」で精算金を受け取る。おこづかいみたいでうれしい。均一で新潮文庫、ソール・ベロ―『この日をつかめ』を買う。「ジョルジュ・サンク」は久しぶりか。『この日をつかめ』の最初を初めてよむ。ニューヨーク在住のトミー・ウィルヘルムは40半ばで仕事のない元俳優という金髪の大男。悩みを隠すのに慣れている。その一日が描かれる。1955年夏、の話。父親は尊敬されている内科の権威、亡くなった母も大学出で、期待にこたえられない大学中退の学歴コンプレックスの息子として生きる。そういう話だったのか。滑稽だが身につまされます。コカ・コーラが何度も出てくる。コカ・コーラを飲んでいる若者、見なくなったなあ。

昨日スマホから送った画像が届いていないと担当編集者から知らせが。いろいろやるも解決せず。途方にくれる、といきなり「送られてきました」と返事。地震のせいか。さっぱり理由や原因が分からぬ。時代は昭和まででよかったのだ。昼はお好み焼きを作る。どうやってもそこそこうまいのがお好み焼きだ。賞味期限の切れた焼きそばをまぜてモダン焼きに。粉を少なくしてキャベツとねぎをたっぷり。ビールを飲みたくなるが自重。

このところテレビはみな録画したのを、CMを飛ばして見ることにしている。「わが心の大滝詠一」で、三ツ矢サイダーのCM(大滝詠一の音楽)が流れたが、こういうのなら何度でも見たい。CMの劣化がはなはだしい。そう思いませんか。どうした、サントリー

「ジュディ 虹の彼方に」に圧倒

『愛についてのデッサン』ちくま文庫の解説、3日かかってしまった。野呂邦暢と格闘。なんとか着地し本日昼前に送付。400字20枚はあるか。人と文学、みたいなことも書いたので。全力投球の長丁場にへとへとになる。疲れたなあ。6月新刊のラインナップに入っている。出来上がるのが楽しみだ。ごほうびに西部「西部展」へ午後から行こうかと、チェックしたらコロナ禍自粛でお休み。緊急事態宣言解除までは、どの古書展もお休みみたい。しかたないですね。

八代目文楽愛宕山・夢の酒・かんしゃく」をCDで聞いている。

録画しておいた「ジュディ 虹の彼方に」を観てうなる。しばし茫然。うーん、レネー・ゼルウィルガー(出自はドイツ系、でしょうか)の圧倒的な演技に尽きる。素顔はぜんぜんにてないのに、そう見えてくる。いや、すごいわ。歌も本人がうたっているというのでびっくり。ゲイカップルとの一夜のパーティー(失敗した卵料理とピアノに合わせて歌う「ゲット・ハッピー」)のエピソードもいい。ちょっと長めに「オカタケな日々」に書こうと準備中(イラストは描いた)。和田誠さんに観てもらいたかった。

昼はそばをゆでる。乾麺の季節だ。4月も終わりか。おとなしくしていよう。

林哲夫『日々スムース』

間食と甘いもの摂取をやめて一か月以上になるが、そのぶん、腹が減り食事の量が増え、酒をのみながら乾きものを食べたりするので体重が減らない。困ったものだ。運動量の問題もある。

林哲夫さんから書肆よろず屋から出た『日々スムース』が届く。「スムース」という雑誌を知らなければ、日々快適快調に過ごしていると思われるだろう。林さん、そうなのか。100ページ強簡易装だが、本文組みからデザインまで行き届いた設計で好ましい。限定500部。すぐ売り切れそうだ。大事にしよう。林さんが2006年から08年までウェブでアップしていた日記を採録。リアルタイムで読んでいたが、あれこれ懐かしい。すぐ読了。ぼくの名前もところどころで登場する。林さんの交友関係の広さを感じる。黒岩さんとの古書会館でのトークは2006年6月だったのか。「アイ・フィール」での角田光代さんとぼくとの対談にライターとして参加したのが黒岩さんだった、というのはこの時にも驚いたし、再読して改めて驚いている。「ライターでこんなに話の上手い人がいるのかとびっくりした」と黒岩さんに言われたのも思い出した。

データも含め、林さんが几帳面できっちりした人なので、日々アップしたブログとはいえ完成されている。それにしても、と思うのだ。ここに登場する黒岩、坪内、田村、中川、湯川、宍戸、松本と、私も面識のある(湯川さんはないか)人々が、この15年ぐらいで次々退場してしまった。書肆アクセスの閉店もあった。うーむ。本書制作のため、撮りなおしたという書影も美しい。本の写真はいい。

 

僕達はそうやって生きてきた

気候のいい高原のような朝を迎える。今週は合併号で「サンデー」の締め切りなし。ちくま文庫『愛についてのデッサン』解説に力を注ぐことにしよう(倒れてもいい、というぐらいに)。あと、今週末に春陽堂「オカタケな日々」の53、54の締め切り。イラスト2点はすでに送付。一回分は丸々新潟行の話にして、もうほとんど書き上げた。黄色いカレー賛に力がこもっています。ネットの書き込みに「幸福の黄色いカレー」とあって感心し、流用させてもらう。

24日は散歩堂さんを誘い(いつもありがとう)、西部古書会館「好書展」へ。11時半ごろだったが、けっこう人がいる。明日(25日)から緊急事態宣言が発令となり、どうなるかと思っていたが。まだ古書展で感染した、という話は聞かない。古本菌がすべてに勝つ、と信じている私は馬鹿か。5,6冊買ってちょうど1000円だった。100円、150円の価格帯多し。これから句会という粋な社会人、散歩堂さんと別れる。「芸術新潮」のバックナンバーで「戦没画学生」特集があればと思ったが、そうは簡単にいかない。かわりに、帰りに寄った荻窪「古書ワルツ」で窪島誠一郎のエッセイ1冊を買う。阪神勝った。また勝った。しかも、これまでの爆勝ちではなく、息詰まる攻防による勝利に値打ちがあった。

いつも寝転ぶ赤いソファ近くに『小山清全集』を置き、触ったり眺めたり、箱から出したり入れたりして楽しんでいる。現物があるありがたさよ。これはいい買い物だった。深夜、WOWOWで2012吉田拓郎ライブを録画してみる。みはじめてすぐ、あれ、これは見たし録画したぞと思いつつ、久しぶりなので最後までみる。何曲か酔っ払って一緒に歌ってしまう。「僕達はそうやって生きてきた」はこれまでほとんどノーマークだったが、歌詞が食い込んできて感動する。この1カ月ばかりこじれていた気持ち(いつもその深みへ戻っていって苦しむ)が少しほぐれる。ラスト近くの「純情」「リンゴ」「外は白い雪の夜」もよかった。1人カラオケに行きたくなるが自粛。

「今ある力で頑張ろうヨ/昔僕等は誰も/名前の無い風だったんだヨ」

 

 

 

 

 

 

『小山清全集』(筑摩書房)5000円

23 日晴天。絵を見たくなって小金井市「はけの森美術館」へ。小規模だが、落ち着いた雰囲気の美術館。収蔵展「中村研一手すさび」展。とくにスケッチ、水彩に目がいった。館を出るとまわりの風景が絵みたいに見えるのが不思議だ。コミュバスで武蔵小金井駅へ戻り、「中央書房」探訪。前沢さん、帳場で一生懸命即売会の値段貼り。ドストエフスキー関連が4段ある棚におどろく。『小山清全集』旧版(昭和44年)を見つけ引っ張り出すと5000円。外箱と内箱あり。その外箱に傷みがある。だから安くしたのか。ずっと前からこれは欲しかったのでこれを買う。蔵書にこれ一冊が加わると違うぞ、と思う。ちかごろない買い物だ。まあ、このところずっと古本を買い控えてきたので(「一箱」に出店していたころの10分の1ぐらい)、いいかと思ったのだ。

ずしりと重い袋をぶらさげて上気する。こういう時は間違いや失敗をしでかしやすいのだ。気をつけよ、と自分に命じる。最後「七七舎」へ寄り、店長北村くんがいたので、ひさしぶりによもやま話。いろいろ情報を得る。

娘に阪神が調子がよいことを告げ(8連勝のとき)、「もう、そろそろ敗けてもぜんぜんかまへんけどな」と言ったら、あれよあれよと3連敗。余計なことを言うものではない。全集で「西隣塾記」を本当にひさびさに再読。そうか羽村の話だったか。中里介山の塾に小山はしばらくいて、塾併設の印刷所で文選工をしていた。仲間に「案山(子)さん」と親しみをこめて呼ばれ、自分を「焼棒杭」のようなものだと考える。小山清の世界だ。羽村へ行って来よう。