よたよたと杉並区から帰宅

「新潮講座」参加者12名。永福町から「郷土資料館」、豊玉水道道路をまっすぐ妙法寺吉田拓郎が住んでいたマンション(個人的趣味だが、みなさん反応してくれた)、新高円寺から高円寺駅まで通して歩く。資料館でかつて企画した「高円寺フォーク伝説」の図録、よくできていて、おそらくもう品切れじゃないかともったいつけて、持参した実物を同年輩の人たちに見せると、まだちゃんと同館で売られていて、二人の方が買われた。ちょっと悔しい。

3キロほどの道程、途中、休憩でお茶したかったが、この人数で土曜日だと、どこも断られる。ばてばてた。参加者を引率しながら、いちばんばてていたのが私で、みなさん健脚なり。お恥ずかしい。静かな寺町の裏道を、もう少し心の余裕をもって歩きたかった。純情商店街がゴール。ここからはオプションで「西部古書会館即売会」へお連れする。古本を見ていると元気が出てきた。英語教科書「ジャック&ベティ」を買う。すでに持っているのよりさらに古いバージョン。

西荻で散歩堂さんと待ち合わせ。来週ご一緒する落語会のチケットを受け取る。盛林堂で先月の精算金受け取る。また補充をしないと。「音羽館」へも久しぶりに寄る。店内でマンガを一冊。司馬遼太郎原作・森秀樹作画『幕末』400円。これ、読みたかったんだ。よたよたと帰宅後、倒れ込んで寝てしまう。こんなにダメージを受けるようではしょうがない。病人みたい。もうちょっと、毎日歩いて足腰を鍛えないと、とつくづく思う秋であった。

北条早雲って

べつに何もしていないのに、ずっと疲れているぞ、と思う。角川文庫『日本史探訪』シリーズをずっと読んでいる。日本史のこと、なんにも知らないのに自分で驚く。ずっと馬の骨のような存在でしかなく、50を過ぎて一城の主となる北条早雲のことなんか、親指の爪に書ける程度しか知らなかった。いや、60を過ぎて恥ずかしいことだらけだ。しかし、つくづく戦国時代に生まれなくてよかった(どうせ貧農)。

「オカタケな日々」61がアップ

書きかけで放置してあった「古通」連載、次回分、川越市角栄商店街の「かっぱ文庫」「ホォル」について書いて、ようやく送付。ネタが少なく、引き伸ばしに苦労する。

春陽堂書店ウェブ連載「オカタケな日々」新作61がアップされました。どうぞ、アクセスしてみてください。

https://www.shunyodo.co.jp

岡崎武志的LIFE オカタケな日々〔61〕 | 春陽堂書店|明治11年創業の出版社[江戸川乱歩・坂口安吾・種田山頭火など]

21/09/okatake_61/

阪神対ヤクルト。1回に高橋が5点取られ、見るのをやめてしまう。エラーが重なるのも、野手のせいばかりとは言えない。投手のリズムが悪く、集中力が途切れるのも仕方ないだろう。本当のプロ野球ファンとは言えないな。さっき、結果を見たら13点も取られている。ヤクルトはまんべんなくよく打つ打線。巨人より怖いのはヤクルトだろう。

小手指の古戦場跡、そしてレントゲン

秋が深まりつつある。一年でいちばんいい季節。あちこち行きたい。高嶋修一『西武沿線の不思議と謎』(じっぴコンパクト新書)に教えられること多し。

鉄道路線のない武蔵村山市に、かつて鉄道が走る予定があった。そして多摩モノレール箱根ヶ崎まで延伸する計画があり、実現すれば、ついに……という話や、狭山線「下山口」駅を過ぎると見えるこんもりした丘が山口城の痕跡、だとか、小手指の古戦場跡など、ぜひ足と目で確かめたい。

昼、年に一度、市が実施する健康診断に赴く。心電図、レントゲン、採決、眼底検査など一通り行われる。検便、検尿も提出。市民税の恩恵を、ほとんど唯一、直接感じる例で、受けなきゃ損だと思っている。自転車で往復したのだが、行きなれた路を、帰りは初めての道をくねくねと遠回りして住宅地を抜けてみる。結果、だいたい思うところへ出てきた。

悪夢のヤクルト戦大敗から一夜明け、なんとか阪神、勝ち逃げる。満塁の勝機にタイムリーが出ないのが気になるが。まあ、勝てばいい。悪口言った大山にも謝りたい。及川、小川、大山と「O」のイニシャルが活躍したこと、同じ「O」としてうれしい。小川に初めての勝利がつき、そういえば、敗戦投手もヤクルトの小川だった。

本の雑誌」連載、QBBの「古本屋台」に、魚雷くんとともに、ぼくの登場が多いのはうれしい。今よりちょっと痩せていて、髭を生やしている頃の「ぼく」であるが。ドラマ化されて、出演交渉が来たら、ダイエットして、髭もまた生やすつもり。

「人間なんて」ララララララララ~

11日の新潮講座の下見、散歩堂さんに同行してもらって永福町から高円寺まで。郷土博物館まではバス、あとは妙法寺高円寺駅までは歩く。非常に疲れた(寝不足もあったのだ)。

しかし、妙法寺近くの、1970年代前半に吉田拓郎が住んでいた「堀の内ハウジング」というマンションを発見し、階段でアルバム「人間なんて」のジャケット(このマンションで撮影された)と念願の同じポーズで写真を撮る。うれしかった。興奮して浮ついた気分になる。ちょっと危ない。

高円寺に住んでいたころは、特定できていなかったのと、まだ現存するか不明だった。ネット検索できるようになり、ここ、と住所まで分かったのだ。

西部古書会館で古本買って締め。あとはまっすぐ家に帰る。

阪神、対巨人3タテを逃がすが、6点差を追いついての引き分けで勝ちに等しい。夢をまだ見ていてもいいかしらん。大山復調の兆し。藤浪はまたもや乱調。もう、パリーグなどへトレードに出すなり、環境を変えて再出発したほうがいいのではないか。その方が本人のためである気がする。

相模湖畔はわびさびの世界

ビッグイシュー」秋の10冊、2600字を書いて送付し、小雨のなか、3日(金)八王子へ。「ほしの」でとんかつ(600円)、気のせいか、肉が少し薄くなったような。これはこれで美味いが。行くつもりにしていた「むしくい堂」は臨時休業みたい。佐藤書房(あいかわず見ごたえあり)店内で2冊。ちょうどラジオで菅首相の総裁選出馬断念のニュースが。帳場でお金を払いながら、佐藤社長の弟さんとその話題についてあれこれ。誰がやっても同じ。「いっそ三原じゅん子を総理にして、官房長官武田鉄矢に」と言うと、ガハハと笑っていた。

髙橋「白い扉」秀幸さんと落合い、車で念願の国道20号線、廃墟のドライブへ。ヘアピンカーブ続きの危険なコースだ。70~80年代、バイク野郎や暴走族が走りまくった。その爪痕としてあちこちラブホテル、レストランの残骸が。相模湖に出て、湖畔を散策。土日祝は開くのか、この日は閉めたボートハウスはじめ、こちらも栄華を終えた夢の残骸がただ雨に濡れている。ĀTG映画みたいだ。しかし、なんともその寂れ方が気持ちに優しく沁み込んでくる。西武ゆうえんちの造られたレトロ街より、こっちの方がいい。高度成長に続く80年代の狂騒は、完全に終わってしまった。夢は消えたのだ。いまはわびさびの世界。しかし、相模湖は来てよかった。スケッチブックを持ってまた来よう。写真をたくさん撮ったので、もう少しくわしく「オカタケな日々」に書きたい。

付記 失礼しました。その後、ユーチューブで「相模湖」を検索したら、けっこう土日祝などは、お店を開いているようです。「夢の残骸」は言い過ぎでした。レトロカラーの夢、と改めます。早合点をお詫びします。そうか、コロナ禍の自粛もあるのですね。観光客はけっこうあるとのこと。いや、失礼しました。

このあと髙橋邸で、2年前に邸内自宅画廊「白い扉」でやった岡崎武志素描展の第二弾を、同時期の10月終わりと11月頭、2週にわたりやることとなり、その打ち合わせ。やる気になっている。すでに絵も描き出している。しかし、2度目も、みなさん、来て下さるかどうかは不安(前回は100名ほど来館)。まあ、楽しくやればいいか、と思う。

いい夢を見させてもらった

夜、少し涼しく、虫の音が高くなった。どこかへ行きたい。

阪神タイガース、ついに首位陥落。開幕から前半期、なんだか負ける気がしなくて、たまに負けると、負けることもあるのだと傲慢な気持ちになっていたが、後半あれよあれよと失速。いまは勝てる気がしない。西の先発、大山の4番となるともうほとんど絶望的な気持ちになる。まだあきらめたわけではないが、いい夢を見させてもらったという心境になりつつある。

9月の「平成会」講演が緊急事態宣言期間中ということで中止となった。準備をしていたのだが。志賀直哉「流行感冒」の話とか。もう長らく、人前で喋るという仕事をしていない。9月中頃、一つ楽しみができて、とりあえずそれに向かって波間を漂う。

「無口な人は夏の日のはかなさを/うまく言えずにバスの窓降ろす」(松任谷由実「9月には帰らない」)

7・10・7・8音という構成だが、新しいライプの短歌みたい。

『東京古書組合100年史』届く。間村俊一さんの装幀はやっぱり品格あり、ぐっと重みが増す。読むのはこれからだ。

辻征夫の詩を読む。