三時間失踪術

蔵書の大量処分プロジェクトで、これは残しておこうと思った一冊が種村季弘対談集『東京迷宮考』。ここでいろんなことを知り、教わった。その一つが「三時間失踪術」。種村が勤め人だった頃(光文社編集者ほか)「帰りに家へまっすぐ帰らないで、三時間だけ全然知らないところ」で、電車を途中下車するというのだ。それを「趣味」にしていた。定期券を持っていたのだろう。金町や青物横丁など、名前だけ知っている駅で下りてみる。知らない町を少しぶらついて、そして家に帰る。知っている町では、ひょっとして知人と会うかも知れないという規制がどこかで働く。知らない町なら透明人間に近い存在になれる。道を聞いたり、知らない人に話しかけることもわりあい平気でできるのだ。

種村は「なんか題名が面白いからこの映画観ようってみたいに惹かれるでしょ」と言う。これ、よく分かるんですね。私は中央線族だから、東京駅から高尾、いや藤野あたりまで全駅で下車して、町を歩いている。しかし、ほかの路線で知らない駅(周辺の町)がまだたくさんある。路線図を眺めていて、弱いのは、種村は「青物横丁」を挙げているが、京浜急行沿線は下りたことのない駅が多い。それこそ、名前だけで「鮫洲」「梅屋敷」「八丁畷」など、心惹かれる。私の経験では「三時間」と言わず、「二時間」でたいての町の全貌はつかめる。

若い時は、大げさに言えば悩み多く生きるのに精一杯で、知らない駅で下りてみる、なんて趣味はなかった。惜しまれるのは、二年ほど滋賀の「浜大津(現・びわ浜大津)」(京津線)に住んでいたことがある。時間はあったのに、琵琶湖周辺の湖西線琵琶湖線に乗って、少しだけ遠出して散歩するという心の余裕がなかったのだ。近江鉄道に乗って「八日市」とか、なぜ行かなかったのだろう。すぐ、なのに。

上京してからだ。近江八幡ヴォーリズ探訪へ出かけたり、近江今津で下りて、これまたヴォーリズの建築を見て、レンタサイクルで水郷の町「針江」を訪れたりした。

そうか、針江へ行ったのは2017年5月に、枚方「t-site」でトークをするため呼ばれ、京都の善行堂宅に泊めてもらい、翌日、滋賀を探訪したのだった。針江はいたるところ水路が張り巡らされた小さな集落で、はっとするほど美しい風景だった。夢の町に迷い込んだような気分になった。あまり観光客が訪れることもない(ちょっと交通は不便)場所で、これはお勧めだし、また行きたいと思っている。そんな楽しみを残して、余生を過ごしたい。