丸谷才一『笹まくら』

季節の早い時期にうちの周りで鳴くウグイスが、今朝、またホーホケキョとやっている。いっしゅん、空耳かと思うが、まちがいない。

丸谷才一『笹まくら』3度めの読了。最初は1980年。次が、カバーが和田誠に変わった新潮文庫だったが、行方不明でいつか分からず。もとの司修の、最初に買って読んだ新潮文庫で読了した。私の中では、丸谷の長編ベスト1。これを100点として、ほかの文学作品の評点の基準にしたいと思うぐらい、完璧な出来栄え。

戦中、20歳から5年間、徴兵忌避し日本全国を名も自分も隠し生きた男が、戦後、大学職員として俗事にまみれて必要以上に平凡に生き、やがて過去に復讐されるように窮地に追い込まれる。二つの時間が交互に、とくに過去は時系列ではなく、前後して挟み込まれ、しかも一行アキも章かえもなくいきなりつながる。大胆きわまる手法。内的独白、意識の流れ、聾唖との筆談など、さまざまな文体、手法が入り乱れ、しかし整然と物語が進行していく。その徹底した構成意識とち密な描写はほれぼれするほどだ。

正体がいつばれるかという恐怖と緊張は、解説の篠田一士が指摘するようにスパイ小説のようだ。平和な現在より、身分を隠しての逃亡生活の方が精彩があり、人物としても魅力的。皮肉だが、そういうものだろう。明日、入営という夜、家族にも告げず、計画通り、20歳の若者が「さようなら、さようなら」と、淡いたそがれの東京を去っていくラストシーンも印象深い。たぶん、何年か後にまた読むな。