赤信号の小宮の親戚に小説家がいて、その名はなんと!

どういうことか分からないけど、一回分、この日記が別のところでアップされたようだ。そういえば、ちょっと画面のデザインが違っていた。まあ、よく分かりません。

雨も上がったようだ。昨日は涼しかったですね。本当は、埼玉県在住の畏友Iくんと、某所を訪れる予定にしていたが、行く先の相手の体調不良でキャンセルとなる。またの機会に。

東松山とか、高坂とか、そのあたりをついでに散策するつもりだった。そういえば、あるイベントで、井上理津子さんのトークのお相手をつとめるため、あのあたりのニュータウンへ高坂からバスに乗り行ったのはいつのことか。検索して2015年のことと知る。5年前か。いや、もっと前のような気がしていたが、よく考えるとそんなものか。

こういうふうに時間(年数)の感覚が、年をとるにつれ、どんどんいい加減になっていく。考えたら還暦パーティーをしてもらったのが3年前なんですね。スケッチ展をしたのが2年前の末。そうしてピン留めして、なんとなく時間の感覚を位置づける。

某紙の書評依頼で安藤鶴夫『東京の面影』幻戯書房を読む。その幻戯書房から坪内祐三『みんなみんな逝ってしまった、けれど文学は死なない。』と長いタイトルの、著者による追悼文集、同じ日、亀和田武さんの『夢でもいいから』光文社が届く。小説宝石に長期連載のクロニクルエッセイ第二弾。亀和田さんがテレビ業界で仕事をしていた時代の話が中心で、タレントや業界人の名前がたくさん出てくる。ドライブ感のある生きのいい文章でぐいぐい読めます。坪内くんと渋谷から三茶に流れて、飲んでいたら、赤信号の小宮泰さんに声をかけられ、ぼくの親戚のおじさんに小説家がいるんだけど、今まで周りで知っているという人が誰もいなかったという。誰、と聞くと「川崎長太郎」!。当然ながら亀坪コンビはひっくり返って驚く。この話、好きだなあ。