お久しぶりです、塩山御大。

昨日は貴重な梅雨の雨なし日。いつも水曜に出かける「サンデー」の本えらび、コロナ禍で、担当のSさんも出社が変則的でこの日(21日火曜)に。ちょうどよかった。西荻下車し「盛林堂」岡崎棚に補充しているとwくんがいて言葉を交わす。同郷の映画人である。いつもこちらを気遣った喋り方で近況を聞いてくれ、おまけに補充した中から一冊買ってくれた。

均一を見て、いくつか欲しいのがあったが、また盛林堂に蔵書整理に来てもうらため自重。濱谷浩が詩の舞台になった場所をモノクロで撮る大判(LPレコードジャケットぐらい)のが100円で、ぶんなぐられたぐらい安いけど、これから本選びへ行くからなあ。とあきらめたら、あとで来た古ツアくんが買ったようだ(ブログ)。さすがである。小野くんと喋っていると「もうすぐ、塩山さんが精算で来ますよ」というので、しばらく店で待っているとマスク姿の塩山御大登場。どうもどうもとあいさつし、精算が済むのを待って、「ド」へ同道し、30分ほど喋る。といっても8割以上、塩山御大の話しを聞くことになる。ニコニコ笑いながら毒を吐くのを見るのは本当に久しぶり。3年は会ってないだろう。「神保町にいらっしゃらないから、淋しいですよ」と言ってくれる。「サンデー」の編集部が竹橋から九段へ移って、しかも毎週通っていたのが、週2になって、神保町から遠ざかっていると説明。

ささま書店」跡でプレオープンした、「古書ワルツ荻窪店」へも行こうと思ったが、wくんの話では、完全にオープンというより、まだ態勢が整っていないためのお試し期間で土日しか開けないようだと情報を得る。たしかに、中央線の窓から目視したが、シャッターが閉まっていた。電車のなかで植草甚一『こんなコラムばかり新聞や雑誌に書いていた』(晶分社)を再読。「太陽」の特集号を、ひさしぶりにパラパラ読んでいたら、植草熱が再発した。しかし1970年代中期以降(オイルショック以後)の晶文社本の活字の詰め込み方はすごい。一頁、タテ52字×ヨコ21行もある。たとえば今年出た亀和田武さんの『夢でもいいから』(光文社)は、同じ四六判だが、一頁44×19だ。前者の文字数より3割がた少ないか。