片岡義男「吹いていく風のバラッド」にうなる

明け方、何度か目覚めて寝返りをうち、また眠る。遠い朝が波をうつように、静かに押し寄せくつろがせる。こんな朝が何度もあった。いつか目覚めない朝もあるだろう。そのまま死の彼岸に引っ張り込まれて、ジ・エンドである。それは、そんなに怖くない。

昨日は積み残しも含め、3本、原稿を書く。しかしちゃんと阪神・広島戦を見た。中野と佐藤というルーキー2人がお立ち台に。まだあどけなく、それでも頼もしい戦力だ。こんな日が来るとは。今年の阪神、ひょっとして(って、何回それであんさん、裏切られましたんや)。

北村薫宮部みゆき編『名短篇ほりだしもの』(ちくま文庫)を読んでいて、片岡義男「吹いていく風のバラッド」の「12」「16」を読んでうなる。バイクを大衆食堂に止めて、ご飯だけを注文し、それを持ってまたバイクを走らせる。このあと、ご飯はどうなるか。素晴らしい発想と描写。片岡の赤背角川文庫は20冊は持っていたが、ぜんぶ処分してしまった。晶文社の2冊本の短編全集も手放したなあ。また、どこかで取り戻そう。石川桂郎『剃刀日記』もいい。これは元本を持っているはずだが、あるいは処分してしまったか。まあ、いろんなこと、後で気づいて失敗もあるが仕方ない。志賀直哉からは「イヅク川」という夢を描いた小品が選ばれている。知らなかった。先日、ドラマ化された「流行感冒」は、新潮文庫の『小僧の神様/城の崎にて』(カバーは熊谷守一)に入っているはずだし、「新潮講座」のテキストで使ったから、これは間違いなくあるはずだが、これも見当たらない。北村・宮部の『名短篇』シリーズ(3冊)はいい。