中学時代の恩師と話す雨の月曜日

昨日、「ふくらむ読書」柳田國男『炭焼日記』その2を書いて送付。深夜、日付変わるぎりぎり、締め切り日にまにあわせ「本の雑誌」連載、国分寺「イム書房」について書いて送付。

知り合いからメールあり。「ふくらむ読書」の山崎ナオコーラ『文豪お墓まいりの記』、集英社文庫ではなく文春だと指摘あり。「あ、しまった!」と血圧が上がる。なんて凡ミスをするのか。すぐ訂正を入れるよう、担当者に言う。山崎ナオコーラさん、ごめんなさい。

「雨の日と月曜日は」の雨の日の月曜日となる。中学三年時代の恩師が上京してきていて、「顔がみたい」というので駅前喫茶で1時間ほど談笑。50年近く、卒業してからもやりとりがある。教育現場の悪しき変化について、批判を聞く。国語教育が文学偏重から実用にシフトすること、いい面もあるが漱石も啄木も太宰も読まない人たちが大量に世にあふれ出す。それはちょっと困る。

ぼくは先生から教わった有島武郎『生まれいずる悩み』に感動して、授業を今でも覚えている、と告げる。同じ学年のとき、英語の若い男性教師が、「500マイル」や「花はどこへ行った」などアメリカのフォークソングを原文でプリントに刷り、それを聞かせながら授業をした、などと思い出話を(いまの教育現場ではそんなことできないよと先生)。机を4つくっつけ、班単位で授業を受け、班活動(班ノートを書く)をする。

班は男女2名ずつ4人で、班名は「アナタ班」。桐野夏生東京島』のモデルとなった「アナタハン事件」をそのとき知っていたのかどうか。班長はN村M美という頭のいいしっかり者で、森光子みたいな存在であった。出来が違う、という感じで世の中にはすごい奴がいるなあ、と尊敬していたのだ。67になる現在の私より大人だったと思う。同じ班の男子Sとは、中学3年の1年間、べったり一緒に行動することになる。

これから締め切り2本。やる気が出ないけど、とにかくがんばります。