「父ありき」着色版を視聴。

昨日、「學燈」の3冊を書いて送ったら、今回から仕様が変わり、1冊を1500字で書くのだという。メールを再点検したら、ほんとだ、そう書いてある。「連載継続」というところしか見ていなかった。

あわてて送った原稿は捨て、あらたに1500字の原稿を書く。「オカタケな日々」に書こうと思っていたネタを膨らませ、2時間ほどで着地。すぐ送る。しかし、3冊で1000字ぐらいだったのが、1冊1500字、しかも新刊でなくても(図書館などで入手可能)いい、というので、書きがいのある仕事になった。

今日は早起きして「サンデー」の原稿を。午後から、その「サンデー」へ本えらびにでかける。せっかく都心に出るのだから、前後に街歩きをといつも思うが、疲れて帰ってしまうこと多し。今日は国分寺途中下車。「七七舎」へ。北村くんとあれこれ話し(免停になった由)、2冊買う。

夜、ユーチューブで小津「父ありき」の着色版を視聴。5回目くらいか。小津のトーキー作品で、現存するなかで、もっとも画像が悪い(原版は失われて)。セリフがほとんど聞き取れない箇所多し。関西時代、名画座の3本立てぐらいで見たとき、途中、客席が少しざわざわしたほど。モノクロのデジタルマスタリング版というのも、ユーチューブで別にあって、たしかに映像はクリアだが、やくざな自動翻訳の字幕がついてて、これがみごとにでたらめ。笠智衆が「パンティがどうとか」みたいに訳されたセリフあり。これはこれで面白いが、集中できなくて止める。

そうか、親子で城の上に上るシーン、あれは信州上田城だったか。

「ノマドランド」で暗誦するシェイクスピア

ときどき、独身時代に住む部屋(たいてい変な造り)の夢をみる。廊下側に壁がなく、ドラマや映画のセットみたいに素通しだが、留守して盗られるものもない。

昨日はひさびさ、小川駅から北の中華「宝来屋」でタンメン450円。昼は満席だ。相席ができないのでそうなる。理想のタンメンはやっぱりうまい。「日高屋」の野菜たっぷりタンメンは、野菜がたっぷりすぎて、麺までなかなかたどりつかず、しかも野菜が固くて、途中で顎がくたびれてしまうのだ。おまえはトシヨリか!

「なごやか文庫」でロバート・B・パーカー『冷たい銃声』を一冊100円で買い、その日のうちに読んでしまう(すでに読んでいたと途中でわかる)。スペンサー、一日一冊。店番のおばさんに、くどくどと自分の話をする老人あり。親父の自慢。そして自分が人助けをするいい人物であることを(ほめてもらいたい光線を発し)いつまでもしゃべっている。店番のおばさん、こなれまくっていて、適当に褒めながら話を聞いてやっている。帳場を占領していたので、ずっと待機し、老人が去り、お金を払う段になり「お疲れさまでした」と言いそうになる。

あんなふうになりたくない。自分の話を聞いてもらうときは、有益な情報か、失敗話で笑わせるに限る。ぼくは自戒しているが、もし「俺様は」モードになっていたらどうか注意してください。

「學燈」連載が継続し、今年も締め切りが。3冊を簡潔に紹介するも、ただの紹介に終わってしまい、ひと晩寝かせ、今朝手直しをする。まだ紹介臭が残ったいるが、1本300字ほどだから仕方ない。

深夜、カティサークをぺろぺろなめながら録画した映画「ノマドランド」をやっと見る。昨年のアカデミー賞、監督、作品、主演女優の3冠。そうか、そういう話だったのか。2008年アメリカの経済破綻で、多くの高齢者が職と家を失い、自家用車やトレーラーハウスに住み、仕事を求めて放浪する。現代版「怒りの葡萄」である。主演のフランシス・マクドーマンドはぼくと同い年。「アマゾン」やファストフード店、自然公園の清掃などの職につく。途中、気力を失って放浪する若者と再会。詩を暗唱して贈るシーンあり。シェイクスピアソネットだ。ぼくは吉田健一訳に頭で置き換えて聞いていた。やっぱりいいや。

今月末締め切りの太田克彦さんの文庫解説、ゲラをようやく読む。メモを取りながらの読書。メモを取りながら構成を考える。引用の利き目とか。

五日市街道営業所へ、そして善福寺川さんぽ。

土曜22日、西部古書会館「中央線展」へ混雑を避け、時間差で昼前に。散歩堂さんを誘う。「中央線展」は買える回で、油断をするとセルフ籠にいっぱいになってしまう。自重、自重。それでも10冊は買ったか。散歩堂さんはその3倍くらい。あきらかに買いすぎだ。ガード下の安価洋食「くろんぼ」でサービスランチ。どこかへバスに乗っていこうと取り決めてあって、南口から五日市街道営業所行きに乗る。持っているが、まあいま読みたいからいいやと中央線展で買った『東京路線バスの旅』で、大槻ケンヂが野方から五日市街道営業所行き「高41」のことを書いている。

われらは高円寺駅ロッカーに重い荷物を入れ、青梅街道から切れ込んで斜めを走る五日市街道を揺られ15分か20分ほどで終点に。こんなところにあるのか。「ローカル路線バス」で、バス営業所がつねに駅近くではなく、少し離れた場所にあるのは知っている。ここから荻窪までバスがつながっているが、いい天気だし、せっかくだからと善福寺川沿い散歩道を歩き、角川源義旧屋敷、太田黒公園と寄り道して「古書ワルツ」で締め。また高円寺駅に戻ると重い荷物が待っているので、散歩堂さんもぼくも1冊ずつ買う。昭和18年丸山薫詩集』が裸本だがしびれる造本で、440円で買う。

またぞろロバート・B・パーカーを再再読し始めていて『悪党』『誘拐』を読了。後者、愚劣な両親を嫌悪し、誘拐劇を自演(と分かる)して家出した少年を探してスペンサーが動く。少年はボディビルダーでホモの青年と一緒に暮らしていた。ついに、居場所をつきとめ、対決するスペンサー。子どもを取り戻すためついてきた両親は、まったく非力ながら、シュワルツェネッガーみたいな男に立ち向かい、あっさりのされる。母親も血を流す。倒れてもしがみつく父親の姿を見て、少年は何事かを悟り改心するのだが、そのラスト近くのシーンが素晴らしい。永遠のクィーン、スーザンが初登場。州警察のヒーリィもこの『誘拐』が初登場。ホークはまだ出てこない初期作品。

白水社「日本風景論」をそろえるぞと誓う

本をすごい勢いで読んでいて止まらない。しかし、ずっと家にいると(しかもソファーの上)煮詰まるので、昨日、自転車でふらふらと国分寺「七七舎」へ。風がつめたく、走り出して1分で引き返そうかと思うが、えっちらおっちらペダルをこぐ。「七七舎」北村くんとは今年初めて。「田村書店」(大バーゲン中、閉店?)のこと、仕入れたばかりの萩原朔太郎猫町』初版(ガラスケースに入ったの以外は初めて見た)のことなど。「やばいっすよ」と北村くんは言う。たしかに「やばい」。

店の内と外で5冊買って、ひさしぶりに音楽喫茶「でんえん」へ。スピーカー前の2人席に陣取って、買ったばかりの本を広げる。ショパンピアノ曲、コーヒー、古本と完璧な布陣で30分ほどくつろぐ。吉岡実装幀の白水社「日本風景論」の一冊、井出孫六『峠』が100円。これは大好きな造本のシリーズで、ぜんぶ揃えるぞ、揃えて本棚のいい場所に並べるぞと誓う。函入りフランス装本体だが、うまく設計されていて、とても出しやすい。そして軽い。山に囲まれた信州佐久生まれの井出が、電車に乗って地平線を初めて見て感動する。その話に感動する。

ギターと同じ6弦で、ウクレレより少し大きい、ギタレレが欲しくなる。ハードオフで中古のヤマハが6000円強で売られていた。前も書いたが、「子どものように笑えないけれど何も考えず/駆けて叫んでそれから飛んで/何も考えず何も考えず/きれいに笑っていたいんです」(「暑中見舞い」)という岡本おさみ吉田拓郎のフレーズがよく頭をかすめる。

保谷「bunca」にふられて、三鷹まで西尾勝彦『フタを開ける』を読む。

空気が乾燥しているせいか、喉が渇く。がぶがぶと水、お茶、牛乳などを飲む。このところ、思い屈すること多く、つい電車、バスを使って日常を逃げ出すことを考える。

昨日は西荻「盛林堂」へ補充と精算。小野くんは不在。ミステリと谷崎の文庫を2冊買う。そのまま駅前から大泉学園行きバスで終点までバスに揺られる。バスに乗るのが楽しくて仕方がない。どうしちゃったんだろう。30分かけて終点まで。隣の保谷駅まで歩く。保谷のジャズ喫茶「bunca」で久しぶりにジャズをと考えたが、店の前に着いたら「臨時休業」の張り紙が。

駅反対側「アカシア」100円均一棚から、末永照和美術論集『かくも長き痙攣の時』と、詩が読みたくなって、西尾勝彦『フタを開ける』を買う。西尾さんの名に「おっ!」と思ったのは、尾形亀之助『カステーラのような明るい夜』七月堂の編者だからだ。「北海道新聞」に同著書評を書いたのが、私の今年初の掲載原稿となる。

保谷から三鷹までバスの車中(約30分)で『フタを開ける』を読んだが、心優しく平明な世界が身に染みる。非常に気に入った。詩はこれでいいんじゃないかと思えたのである。西尾さんは1972年京都生まれで同志社大学卒。表題作「フタを開ける」で、学生時代、左京区北白川の戦前に建った木造アパートに下宿していたことが書かれている。「コ」の字をした建物で、古い井戸のある中庭を囲む。バイトは「スーパーマイケル」。輸入食材を扱う高級店である。銭湯は「白川温泉」。「白川温泉」は「白川湯」だろうか。アパートもスーパーも銭湯も今はない(と思う)。

「人」は大学時代、人づきあいをせず、唯一知り合った友人が、いまは精神科病棟に入院していて、そこを訪ねるという内容。「コロッケ」のユーモアと哀愁もいい。

いま少し古い京都地図を見たら、「マイケル」は白川通沿い、上終町京都造形大学前あたりにあった。私はもう少し南、同じ左京区銀閣寺道で下宿。「文庫堂」があったので、「マイケル」あたりは知っているが、「マイケル」へは入ったことがない。近くの「王将」ではよく食べた。

帰宅後、「サンデー」の原稿。

魔の片道1本のみバス路線「小手03」

昨日、所沢の丘陵地で出会った杖をついた仙人みたいな老人は(自転車で日本一周もした宮崎ファン)、このまま西へ行けば「さいたま緑の森博物館」があって、親切なガイドがいろいろ教えてくれると言っていた。帰宅してから検討すると、同館の案内所まで山之神神社から1キロない。バスなら小手指駅から乗った「小手09」で、私が下りた「台」よりもっと先の「萩原」停留所が近いということだが、山之神神社から歩くのと大差ない。地図をみると、博物館のある公園を散策し、西へ抜けて別の入間「水天宮入口」バス停から箱根ヶ崎駅へ行くルートありと。しかし、驚いたことに、「箱根ヶ崎」から「小手指」ゴールの西武バス「小手03」は、土曜の朝9時台に片道1本しかない。「ローカル路線バスの旅」で、しばしば同様の時刻表を見て「怖ろしい!」と嘆く太川陽介を見るが、このルートも使ってもらいたかった。

散歩の達人」2019年4月号が「バスさんぽ」特集号で、この「03」が「激レア」としてレポートされているが、この時は日、祝の片道1本だったと知る。ほとんど採算が合わない路線だが、こういう魔の1本だけ路線はけっこうあり、乗りバスファンのターゲットにもなっている。一度、散歩堂さんを誘って乗ってみるか。

本の雑誌」憧れの住む町、最終回のゲラを返送。とうとう3年越しの連載が終わってしまった。ロバート・B・パーカー『ハガーマガーを守れ』を再々読。いっきょに読み終えた。競走馬が出てくる話で訳が菊池光だからディック・フランシスを読んでいる気が途中した。そういえば昨日、糀谷の集落で牛舎を見つけた。牛が4頭いた。生きている牛を目のまえで見たのは初めて、というぐらい新鮮であった。スケッチする。