俺ら東京さ行ぐだ

「望星」連載に着手。長尺で一気には書き切れない。とりあえず小津「麦秋」と周吉のステッキについて。イラストも描く。

どこか海辺の町で四畳半一間くらいのアパートを借り、一人暮らしがしたいという妄想が消えない。どこか病んでいるのだろうか。30数年、締め切りに追われ(というほどの仕事量ではない)、本が出るなら、そこで一気に仕事量が増える。そのあけくれに疲れてきた、ということはあるだろう。いや、ちょっと疲れました。

吉幾三のヒット曲から生まれた映画『俺ら東京さ行愚だ』(松竹・1985)が拾いものというか面白かった。青森から東京へ出てきてカメラ助手として奴隷に近い扱いを受ける青年・元が主人公(新藤栄作)。恋人未満の彼女が伸子(柏原芳恵)。この2人の淡い恋模様でセンターラインを引いて、息子を心配し、議員会館の陳情で上京する父(植木等)と母(林美智子)の「東京物語」がサイドストーリーだが、後者が強い印象を残す。「東京物語」といま書いたが、まさに小津の名作を明らかになぞっている。

夜行での上京。広い大きな都会である東京への驚きと右往左往。忙しがって両親と向き合おうとしない息子に対して、青森に帰る日、かいがいしく世話をし東京見物につきあうのが伸子だ。ここに「東京物語」の「紀子」(のぶこ、と一字違い)が重なる。同郷というのでハイテンションになり、メーターをチャラにする運転手が吉幾三。歌をうたいまくり、しゃべりまくる怪演。「あの人、ちょっと病気じゃないか」という植木のセリフが笑わせる。

元と伸子が並んでラーメンを食べるシーンも「お茶漬けの味」「彼岸花」など、小津の恋人たちでおなじみ。桜井センリ山谷初男三谷昇レオナルド熊アパッチけん、と助演もにぎやか。監督の栗山富夫は「釣りバカ」シリーズを多く手掛けたベテラン監督で、山田洋次タッチが見え隠れする。

とんかつが食べたい夜

14日阿佐ヶ谷・「パーフェクトデイズ」視聴で結成されたシニアトリオ、ぼく、散歩堂さん、元毎日のMさんで、企画をたてて、「ラピュタ」で川島雄三監督、森繁久彌主演「喜劇 とんかつ一代」(1963)を一緒に見て、そのあと「とんかつ」(絶対食べたくなるはず)を食べようということになる。義父(加藤大介)が師の洋食店を飛び出して、妻・淡島千景とんかつ店「とんQ」を始めた森繁久彌。加藤の息子で甥となるフランキー堺が同居。あと山茶花究三木のり平、団令子、池内淳子水谷良重、小暮美千代、横山道代都家かつ江などオールキャスト。

「とんかつ」を礼賛する、森繁歌唱の主題歌「とんかつが食べられなきゃ死んだほうがまし(みたいな)」から、早わらいを誘うが、どうだろう、面白さと退屈が半ばした。変なカビみたいなクロレラ食を研究する三木と、それを食べさせられる妻の池内、異常な潔癖症の豚殺しの世界的名人の山茶花など、奇人変人ぶりが傑作。

しかし、かんじんの「とんかつ」をうまそうに食べるシーンや、いかに「とんかつ」が美味いかを講釈するシーンがない。川島らしく、しつこくトイレのシーンはふんだんに出てくるが、見終って「どうしてもとんかつだ」という気分にはなれないのだ。

たとえば一カ所でも、豚肉にパン粉をつけ、油で揚げて、キャベツを洩った皿にのせ、客の前に出し、そのとんかつのクローズアップが数秒あり、客が口に入れて「うーん、大将、これはうまいね!」と言うシーンがない。森繁「うーん、なんだね、お客さんわかってらっしゃる。ふふふ」「いや、これは東京一ですよ。いや日本一、世界一」と客。「(まあ、それほどでもないが)と受けながら、うちのとんかつは、肉からして違います。薩摩の養豚牧場と独自契約いたしまして、飼料なんぞも研究して、吟味した肉を使っております。それで、このうパン粉も特注でして、わざと粗目に挽いたのを毎日使い切るようにしております。さらに油ですが」などと森繁が自慢たらしく講釈するシーンがあってもよかった。

なにしろオールキャストの上に、血縁や人間関係、恋のあやとりが複数以上からんで、とりとめもない。「とんかつ」店の経営の明け暮れに絞ったほうが筋が通った(ライバル店現るとか)。つまり、川島監督に食の興味や「とんかつ」への思い入れはなかったと判断するしかない。小津「秋刀魚の味」では、ちゃんととんかつを食べながら「これ、うまいですね。もう一皿追加していいですか」というセリフがある。

それでも、トリオで食べた「さくら」のとんかつ定食は非常にうまかった。ふつうのとんかつは断面が白いが、ここは複雑な肉色をして、甘味があり、柔らかい。三人でカラオケ店へ行き、どうしても歌いたいと「春のからっ風」を初めて歌唱、ジュリーに「君をのせて」も歌う。

 

 

 

淡々とこなす

連日締め切り。しかし追われるというほどではない。淡々とこなす。

「ふくらむ読書」は「花のれん」下。「すこーれ」は川上弘美センセイの鞄』を。イラストも描く。「本の雑誌」はイム書房後篇。今日は「高校教育」名言コラムで宮本常一を取り上げる。「望星」次号も準備中。秋から「紙」は辞めてデジタル配信になるという。連載はどうなるのか、ちょっと心配だ。ほか、あれこれ心配は尽きぬ。

頸の痛み、ようやく和らぐ。座っていて立つのにも「いたたたたたた」と声を挙げていた。どうにか落ち着くまで一週間かかったことになる。医者へ行くつもりだったから、初診料プラス治療費が浮いたことになり、それでうまいものでも食べるか。

マーチン・スコセッシ「サイレンス(沈黙)」を再視聴。やはり深く打たれる。アダム「パターソン」ドライバーが出演。そうだった。農民たちの汚れっぷり、衣服のボロさが徹底している。ちょっと英会話が上手すぎや、と思ったが。悪代官に、西田敏行とやりすぎ二大巨頭のイッセー緒形。冷酷なへらへら笑いは、これは監督の指示だったか。田中泯だったらどうか、などと思う。

首筋に「ハードオフ」

8日、散歩堂さんを誘い、神奈川近代文学館庄野潤三展」初日へ行ったときは何ともなかったのだ。だから9日のことか。寝違えたか、後ろ首筋に激痛が走り、どうにもこうにもならなくなった。寝るにもひと苦労。座っていてもずきずき痛み、そこから立つと激痛「あいたたたたた!」と声が出る。くしゃみをすると痛むので、出そうになるとあわてて口を押える。

シップを張ったり、塗り薬をぬるなど対処し、4日目の今日、午前中痛みさらず、医者へ行くしかないか(日常生活に支障が出ている)と思い、シップを張り替え、薬を塗って、保冷剤を手ぬぐいに降りたたみ、頸に巻き付けること数回、午後、ようやく治癒の兆しが。木山捷平を読んでいたら、指の怪我2度、オートバイ事故と「痛み」に悩まされた後半生だった。「痛みの研究」について考える。

今週、締め切りが押し寄せる。締め切りを破ったわけでもないし、やっている途中なのに「念のため、本日が締め切り」にと担当者からメールが入るとがっくりくる。いや、一日でも遅れたら火のつくような催促をしてくれてもいいが、ちゃんと締め切りを毎回、守っているのになあ、とやる気が失せ、締め切りに間に合わせたが、今日はやる気なし。

林哲夫大兄が、いつもながら拙著『ふくらむ読書』をSNSでていねいに紹介してくださっている。そんな、林さん、毎回、いいですよと思いつつ、やっぱりうれしいのだ。

頸に保冷剤をまきつけたまま、「ダイソー」へ。いらぬものまであれこれ買い込んでしまう。100均さんぽがストレス発散になっている。あと、「ハードオフ」を見るのも好き。後者には外国人がたくさん来ておりますね。安いものは徹底して安いし、宝探しの面白さもある。ステッキのいいのがあればと思うが、老人用のT字型の歩行補助用のしかない。「ダイソー」に釣り竿含め、一式、釣道具が揃っていることを今日はじめて気づいた。2000円もあれば、基本的なものは揃いそう。いや、やる気はないですよ。

桂ざこば師急逝の報を聞く。わりあい最近、BSよしもとで録画した「花王名人劇場」で「朝丸、ざこば襲名」の回を見たところだった。枝雀寄席のトークゲストでざこばが出て、「ええ落語家になりましたなあ」と枝雀が言うと、泣きだして「兄ちゃんが作ってくれたんや」と言っていた(引用は正確ではない)姿が思い出される。癇の強い、激情型の、東京落語にもいないタイプの噺家であった。噺にもよるが、ぼくは好きでした。米團治、南光の荷が重くなった。

七夕(たなからバター餅)

神田「古書会館」で「萬書百景市」魅力的な古書展でいい本が買えそうだが、すごい集客だと前回で知り、二の足を踏む。ステッキをあちこちでぶつけ「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝ることになりそう。

連日、善行堂と電話で喋る。心に移り行くよしなしごとを聞いてもらう。あとは7月7日の善行堂15周年イベントで荒川洋治氏を呼ぶこと(すでに二階席はソールドアウト)。ぼくも行くことにする。同じ東京にいて、なかなか荒川さんに会うことなく、ひそかに弟子を自任する者として行かずば、と思う。七夕というのがいいなあ。

佐野眞一『旅する巨人 宮本常一渋沢敬三』、坂崎重盛『蒐集する猿』、夏目漱石彼岸過迄』、長井好弘『新宿末広亭のネタ帳』ほか、がしがし本をヨムヨムちくま文庫のアンソロジー企画が通り、その準備も。これで、知己の編集者が某誌に「持ち込んでみますよ」と言ってくださった連載企画が通れば、少し楽になるが、これは期待しないほうがいいかもしれない。

 

あ~あ、と声が出る

阪神もなんだかパッとしないし、いいとこなしだ。Eテレの高校講座をこのところよく見ている、世界史、日本史を始め、国語や英語、ときに化学なども。タレントを使った小芝居がへなへなとなるが、この年になって知らないことが多いのに驚く。「化学」では「周期表と周期律」について学ぶ。へえ、そういうことだったのか。高校で「化学」の授業も受けたはずだが、自分とは関係ない、どこかよその星の話だと身を入れず成績も悪かった。少し賢くなりたい(もう、かなり遅いけど)。

東大和「ブ」に遠征、220円文庫コーナーで講談社文芸文庫木山捷平『鳴るは風鈴』を発見。まだ、このようなことが起こりうるのか。