本郷は純喫茶の宝庫

土曜夜、国立「ノートランクス」の渋谷毅ライブ、早々と予約が埋まるが、同じ渋谷ファンのIくんがキャンセルが出たといって、2人分抑えてくれた。なのに、ぼくは1日勘違いをしてこれをすっぽかす。翌日曜日にそれと気づく。カレンダーへの記入ミス。慙愧にたえない。たぶんIくんは何度も携帯から連絡くれたのだろが、あいにく、ここ数日のauの通信障害で、たぶん連絡が取れなかったのだろう。どれほど気持ちが揺れ、憤ったことだろう。申し訳ないことをした。謝って済むようなミスではないと終日、暗い気持ちになる。ブログを書く気にもならなかった。

BSテレ東「ずん喫茶」快調。毎週金曜日の24時から30分。ずっと見ている。飯尾和樹の脱力のさばきに感心することしきり。1日は本郷。金魚卸売問屋が併設する喫茶「金魚坂」(黒カレー)、「珈琲庵」(ホットケーキ)へ。どちらもいい店。本郷には「こころ」もあるし、純喫茶めぐりへ行きたい。

タランティーノ『ワンス・ポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は3時間近い長尺だが飽きずに面白く見る。ディカプリオとブラピという二大巨頭に、アル・パチーノがちょい役とぜいたくな布陣。スティーブ・マックイーン(「大脱走」の逸話あり)、ブルース・リー(「カトー」と呼ばれるのは「グリーン・ホーネット」の役名)のそっくりさんも登場、笑わせる。時代は1960年代末、ベトナム反戦、ドラッグ、ヒッピー、コミューンと時代を色濃く映しながら、ポランスキー夫人だったシャロン・テート惨殺事件を下敷きとする(ただしパラレルワールドのように違う現実が)。ヒッピーコミューンの怪しげなブロンド美女は誰かと思ったらダコタ・ファニング。大きくなったなあ。

メロンソーダのご老人

そうか、7月1日か。昼、チャーハンを作る。午後、思い切って外出。西荻へ。「盛林堂」の岡崎棚に補充、先月分の精算金を受け取る。これがなんともうれしいの。お小遣いをもらったみたい。

溜まった新刊の買取をお願いしようと音羽館めざして歩き出すが、あまりの暑さにへたりこみそうになる。「珈琲館」で休憩。ここは喫煙可。いとしこいし師匠のようなご老体2人できりもりする。夕方5時とかに閉めてしまう。喫煙の常連客多し。みな店主と言葉を交わす。「暑いねえ」「暑いですねえ、気をつけてください」。メロンソーダを注文したご老人、ソーダを飲み干すとさっさと店を出る。ソーダ水のようなご老人。家のクーラーが壊れていて、こうして冷房のある店(映画館)をはしごするのだそうだ。「珈琲館」は、店内の席から、表の舗道に植わった大きな木が見える。それで落ち着くのだ。

冷気を肉体と脳にふきこみ、なんとか音羽館にたどりつく。広瀬くんに買取を頼む。青森の話を少し。盛林堂でもそうだったが、均一台の前に立つが、目から入る情報が脳と連動しない。暑すぎるのだ。いつも両店には客が数人陣取っているが、この日は無人。暑いと本も買えないのか。で、珍しく買わずに帰る。阪神、むざんな4連敗。ヒットはそこそこ打つが、あと1本が出ない……って、悪夢の時期、そういうこと続いたなあと思う。原武史『沿線風景』を読む。おもしろい。はらたいらは、「クイズダービー」でやっぱり問題と答えを事前に(いくつか)教えてもらっていたんでしょうね。正答率の高さが、ちょっと変だったもの。はらたけし、はらたいらの連想でした。

「太宰治」を「たいこうじ?」

29 日、阪神対ヨコハマが結果隅2で早々と逆転、離されていく。あきらめて録画したテレ東のバス旅対決「陣取り」をCM飛ばし(必須)で見る。八戸から弘前へ東北対決だ。驚いたのは三沢、青森、五所川原と、先日行ったばかりの現地が登場すること。太川チームが「三沢」駅へ向かい、ミッションが駅交流プラザの特産品自販機、というところで太川たちが一階で「どこ?」とまごついているのを見て「二階だよ、エスカレーター上ってすぐ左側の待合室にあるよ」と教えたくなる。私はここで電車を待ったのだから。

河合チームは青森から五所川原行きのバスに乗る。ぼくが新青森から乗った同じ路線バス(弘南バス)だ。トンネルを抜けて五所川原市街へ、というあたりに記憶がよみがえる。五所川原のミッションが「太宰治記念館(斜陽館)」とあり、元スケート五輪の安藤美姫が「太宰治」の文字を「たいこうじ???」といぶかるのに仰天する。本当かよ、と。「だざいおさむ」を「たいこうじ」と読む方が難しくないか、と。いやいや、五輪出場の快挙と太宰治が読めないことを秤にかければ、そりゃ五輪が勝つ。ぼくは3回転半ジャンプとか千回生まれ変わってもぜったいできないから。

河合が五所川原駅の観光案内所でバスについて聞いたおばさんは、ぼくも五所川原の街歩きマップをもらった人だった。その節はありがとうございました。

太川が野辺地で、これまで「バス旅」で2度訪れた食堂を(食堂は閉業したが隣りに店舗あり)再訪し、お世話になったお母さん(86歳)と10年ぶり近く再会するのもよかった。

「ホモサピエンスの涙」と「ずん喫茶」

早い梅雨明けのあと灼熱の東京。青森がなつかしい。地下にあるわが仕事部屋はそれでも最高28度まで。階段を降りるとひんやりしている。窓(横長の薄い)を開けるとクーラーはいらない。「日経」に書いた、中澤雄大『狂伝 佐藤泰志』書評の掲載紙届く。著者からも礼状をもらう。

春陽堂書店ウェブ連載(月2回更新)「オカタケな日々」の2回分、「83」「84」を送付。あらかじめ描いて送ったイラストは映画「ホモサピエンスの涙」と飯尾和樹「ずん散歩」。その春陽堂から、これまで描いて送ったイラストが返却されてくる。「16」から「70」回までの分。それ以前の分は、ずいぶん前に返却されている。見ていると面白い。彩色もモノクロとカラー。カラーでも初期は色鉛筆、のち水彩が主流となる。水彩の場合、塗り絵のように塗りつぶすのではなく、少し塗り残しを作ることで画面に力が出ることに気づいた。絵を描くのは無責任に楽しい。

7月、8月もこの調子でずっと暑いのか。八王子が意外に気温が高い。冬は寒いから、温度差の高い街だとわかる。甲府もそうだ。いや、京都もそうだったぞ。盆地、ということなのか。

新潮とんぼの本つげ義春がフランスで開かれた個展のため、初めて海外旅行(正介さんが同行)に行ったルポが届く。行く直前まで「行きたくない」と言い、空港でも「もう帰りたい」とつげ義春。おもしろい。パリでもぜんぜん楽しそうじゃない。しかし被写体として絵になるので、バンバン写真に撮られている。ほとんど「食」が合わなくて、ほとんど食べない。日本のサンドウィッチを食べたいと言う。おもしろい。調布の自分の家がいちばんいいのだ。ぼくにもそんなところがある。

津軽鉄道を2度楽しむ

先日、録画を見た「聞き込みローカル線 気まぐれ途中下車の旅」(長すぎる)の「津軽鉄道」をまた見る。何しろ、現地を見たばかりだからねえ、リアルさが違います。2度楽しみました。前は気づかなかったが、2014年7月7日放送分の再放送だった。清水宏保の金メダルはまだ記憶に新しく大人気(今なら、誰?となるかも)、村井美樹はよく見るとやっぱり少し若い。村井美樹はいい。同じ鉄女のIが、鉄を語るのにいらっとするのはなぜだろう(だいたい理由は分かっているが書きません)。

金木駅で夕方、2人で食事をする「桐華(きりか)」も、先日チェック、写真に撮ってきた。私が今回寄った「(太宰)疎開の家」は2014年には開館していなかったのか、2人はノーチェック……と再視聴でいくつか気づいた。斜陽館への分岐点角の「たこ焼き」店は健在。「芦野公園」駅手前車窓に戦闘機があったのを、つい失念し、見落としてしまった。

津軽鉄道の経営は厳しく、車内に「津軽鉄道はいつまでもあると思っていませんか?」というような切ない訴えのポスターが張ってありました。

百人は入れる千人風呂

実は昨日、「大人の休日」3日目を使って、中央本線上諏訪」の「千人風呂」に入ってきた。自由席のなくなった「あずさ」の指定を取り往復で使う(往きは満席)。昼前に駅について、シルク王片倉の片倉館に隣接する古城のような温泉銭湯に入る。10年以上ぶりか。駅の観光案内所で100円引き券をもらう。浴槽に浸かったのは5分くらい(長湯が苦手)、40分ほどで館を出て、諏訪湖畔で15分ほど風に吹かれてたたずみ、もう駅に戻ってきた。弁当とビールを買い、12時台の「あずさ」でかえってくる。こんなバカなことができるのも「大人の休日」の使い道だ。下諏訪、上諏訪は好きな街。

「大人の休日」4日目最終日の本日分は放棄。青森の往復で4万円近く分は乗っているから、上諏訪行を足してもう十分だ。無理はできなくなっている。「オカタケな日々」原稿を書き始める。6月ももうおしまい。小田嶋隆さんが亡くなった。同い年だ。宮内悠介・ぴっぽ両氏の結婚式に出席し、同じテーブル(ぴっぽさん側関係者)に座ったのが小田嶋さんだった。売れっ子のライターだった。

昼はソーメン。もうこの先9月ぐらいまで、昼はソーメン、うどん、そば、冷やし中華のローテーションでいい。ジェフリー・ディーヴァーの新作長編を読み始めている。