偏屈老人今日も生きている

『海舟座談』岩波文庫よみすすめる。生き生きとした江戸弁の再現。海舟はドラマでいろんな俳優がやったが、残る肖像写真に近いのは「天皇の世紀」の山本學であろう。野田秀樹も感じが出ていた。田村正和は違うのではないか。

「朝日」夕刊で、46年続いた長寿番組「アタック25」が終了することに合わせ、長寿番組が相次いで終了し、その背景に「テレビ見ない若者に危機感」があるという記事を読む。テレビというメディアはかなり老朽化、しかも劣化していて、若者を引き付ける力はないように思う。テレ東以外の民法のゴールデン枠など作りようがひどすぎる。CMの暴力的な量とその質も含め、見なくて当たり前だと思う。私も見ない。いっそ50代以上にだけ絞り(健康食品、保険のCMの多さを見ればそうなりつつある)、番組作りを徹して方がいいと私は思う。いま一日中テレビを見ているのは70代、80代ではないか。

かっぱ寿司」半額セールに最高20時間待ちの報にも驚いた。どんなに食べても3000円ぐらいのところ(半額1500円)を、気が遠くなるほど待つ神経が私などには分からない。差額の1500円の値打ちはあるのか。スマホが普及してから、長時間の行列にみな耐えられるようになった。イベントに群がる集団心理は今に始まったことではない。みんなが行く方へは行きたくない(各種祭りや観光地含め)私など、どんどん疎外され、偏屈になっていく。老いてますます加速している。

あまり人の来ない、東武東上線西武線所沢以北沿線に強く惹かれるようになってきた。『地図で楽しむすごい埼玉』はすごい。

「白い扉」デッサン展告知はがきと「おみくじ」

インディアン・サマーってこういうことでしたっけ。9月後半にして暑い。昼前、自転車で野火止用水沿いを行けるところまで行こうと走りだしたが、日差し強く、断念。

八王子ギャラリー「白い扉」でのデッサン展を一か月後にひかえ、オーナーの髙橋氏からDMのハガキデザイン案、2種送られてくる。もと広告代理店のデザイナーだけあって、仕上がりがいい。どっちでもいいけどなあ。だんだんその気になってきて、「オカタケ特製おみくじ」を久々に作る。来館者に引いてもらう。また、前回に引き続き、古本も並べ販売します。元気出していこう。

『日本史探訪』はあいかわらず読んでいて、「8」は「南北朝室町文化」。見ると、鉛筆や色鉛筆、ボールペンなどラインを引いている。どうも3回目ぐらいになる読書のようだが、さっぱり覚えていない。楠木正成千早赤阪村は大阪唯一の「村」で、もちろん未踏の地。ぼくの知る大阪の南はおおむね「天王寺」まで。その先は外国だ。

しかし検索すると、京都駅からでも最寄り駅の富田林は1時間半。そこからバスで20分で「水分神社口」に着く。地図を見ると、気分はもう奈良ですね。桂南光(ぼくの意識では「べかこ」)が千早赤阪村出身ではなかったか。大阪へ行くことあれば、ぜひ行きたい候補の1つである。

明日はすこし涼しくなるか。どこかをぶらつきたい

ユーチューブで、1993年NHK連続ドラマ「清左衛門残日録」を見ている。原作をひさびさに読み返したからだ。これは仲代達矢主演。前にテレビの仲代をくさしたことがあるが、これはいいです。もっと後だと、北王子欣也(これで漢字合ってたっけ)が主演でやっている。仲代の方がいい気がする。息子嫁の南果歩、ちょいと気のある料亭の女将・かたせ梨乃もいい。

付記 いま調べたら「北王子」ではなく「北大路」でした。なんか、変だと思ったのよな。「青天を衝け!」で、オープニング、北大路が「徳川家康です」と名乗って出てくるのが面白い。いや、絶対言ったことないって、家康が自分を「徳川家康です」と。こうなるとみんな言ってほしい。「あ、ぼく織田信長です。よろしく」とか。

オカタケな日々62公開

岡崎武志的LIFE オカタケな日々〔62〕 | 春陽堂書店|明治11年創業の出版社[江戸川乱歩・坂口安吾・種田山頭火など]

「オカタケな日々」最新62が公開されました。今年中に書籍化も予定されています。

引き続き、応援よろしくお願いします。

ローカル路線バスの旅13弾、田中律子マドンナ編をまたまた見て、やっぱりバスだなあと変な感想を持つ。新宿から新潟万代橋へ向かうのに、東松山から熊谷へ行くバスを見つける。ぼくは車でこのコースを知人の運転で先日走ったが、ほぼ一直線に結ぶ路線。そうか、バス代550円もかかるのか。やはり「梅70」は安いのだ。

夜中、阿佐ヶ谷駅をスタート、渋谷、新橋、東京スカイツリー前、平井と乗り継ぎ、浅草雷門、王子駅前、高円寺へループする「都バス一日乗車券」旅を机上で計画。いつか実現したい。

「楽しいことならなんでもやりたい

 笑える場所ならどこへでも行く」(井上陽水

朝刊でどこのおじいさんかと思う顔写真を見て、村上春樹と知り驚く。そうか72なら立派な老人だ。谷川俊太郎大江健三郎小澤征爾もいずれこの世を近いうち去るだろう。どんどん押し上げれていくのを感じる。

ついに三日月書房へ。

二か月に一度の内科検診。検査代が5000円弱。薬代がべつに1万3000円ほど。あわせて二カ月に一度、1万8000円ほどの物入りになる。これに加えて、いま、歯の治療に通っていて、実入りが少ないのに、海坂藩の貧農のようなやりくりをしている。

今日、内科へ行ったら変な顔をされて、3時に予約を13時と勘違いしてスケジュール帳に書き込み、2時間、時間つぶし。「みちくさ」(棚が増えていた)、そして「ブ」、そして「三日月書房」へついに行く。若いカップルが始めたとかで、店番はたいてい奥さんがしている。そのほうがいい。二冊買って、またあれこれ喋りかける。(めんどくさいおっさんが来たな。はよ帰って)と思われたかもしれない。

富士見台団地の南、ダイヤ街という小さな商店街に「小鳥書房」が出来ているが、これまで何度か空振り。まだ時間があるので、えっちらおっちら大学通りを歩く。2キロほどでダイヤ街だが、この2キロにくたびれた。脚力の衰えがすさまじい。以前は、その先の谷保天満宮まで行って駅まで帰ってくるぐらいのことをしていたが、今はとてもとても。ずっとソファに寝転んで生活していたからか。

「小鳥書房」は今回もお休み。そうか火から土までの営業か。今度は自転車で目指してくる。「増本」のタンメンも食べないと。けっきょくバスで国立駅へ帰還。たましん美術館の浮世絵収蔵展をみる。「玉川(多摩川)」がこんなに浮世絵の題材になっていることに驚く。江戸期、川で洗濯をしていたようだ。

鎌倉街道がそもそもの始まりだったが

秋晴れの一日、午後自転車で玉川上水にかかる「鎌倉橋」を起点に、鎌倉街道跡をたどって北上していく。「鎌倉街道」の表示や解説板を見つける。東村山から八国山をまわりこんで川沿いの道をくねくね走る。風がわたって気持ちがいい、のはここまでで久米、荒幡とアップダウンの道を行き、山口城址通りの峠(降りて押す)を越え、西武遊園地前から多摩湖自転車道へ入る。これが失敗だった。限りなく緩やかなアップダウンを繰り返し、途中、リタイアして外へ出る道もなく、えんえん湖の外周を果てしなく走る。最初の3分の1ぐらいで後悔したが、じつは10分の1も行っていなかったとあとでわかる。

けっきょく、4時間ぐらい自転車を漕ぎっぱなしで太ももの腱が切れそうになる。20キロは走ったか。もっとか。分相応、というものを知らねばならない。この4カ月、禁じていた間食、カレーパンとソフトクリームを食べてしまう。自分はどこへ行こうとしているのだろうと、途中、放心してしまう秋の一日だった。

堀井憲一郎『落語論』を読む。落語と言う話芸の、これまで語られなかった本質を追求しようとしている姿勢は買うが、いやに理屈っぽく、ついていくのが面倒くさくなる。

付記 最後まで読み通して、前言をひるがえす。いや、これはじつによく考えぬかれ、それをちゃんと言語化した、ひじょうに珍しい落語論であることがわかった。いくつもの提言がなされ、それが画期的。客の役割、位置などもつっこんで語られ、なるほどと思う。春風亭小朝(異常に現在、評価が低い)への言及など、かねがね疑問に思っていたことなので、言ってくれてよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いの舗装された道をくねくねと  

桂宗助改メ 二代目桂八十八襲名披露公演

14日(火)は多忙と閑却な一日。まず午前、通院している歯科医で左奥歯のなくなった個所に入歯を装着。いよいよ老人だ。治療はまだ続く。いったん家に帰ってとも思うが午後1時に新宿紀伊国屋前で上方芸能の評論でいまや第一人者の戸田学氏と落合い、「椿屋珈琲店」で2時間近く喋る。西条凡児上岡龍太郎浜村淳、いとし・こいしと上方芸能でこれまで空白部だった分野を次々と独力で埋めた功労者。私より6つ年下である。枝雀門下に落語家としてではなく弟子入りしたようなスタートから米朝事務所、「上方芸能」と、メインストリームを歩み続け多くの上方芸人から信頼を得た。

枝雀、米朝松鶴吉朝などのエピソードを話すのに、しぐさふくめ、そっくりそのままに再現する至芸を、目の前で見せてくれた。あっというまの2時間。楽しかった。この夜、紀伊国屋ホールで開かれる「桂八十八襲名披露公演」の関係者として上京されたのだが、ぐうぜんにも、散歩堂さんから誘われ、同公演のチケットを私も入手していた。この公演が素晴らしかったことは、別に書きたい。

夜までの間、九段下へ移動「サンデー」で本えらびを終え、再び夕景の新宿三丁目へ。夜までの時間がどうつぶすか。「世界堂」店内を散策、スケッチブックを一冊買う。新宿御苑へ向かうが、たっぷり時間があるわけではなく、外から眺めるにとどめる。65歳から入園料が半額の250円と知る。来年3月末にはこの特典が使える。またゆっくり来ようと思う。「大阪王将」で少し早い夕食。端末のタッチパネルによる注文。早くこういう流れに慣れないと。システム化された街へ外出することが、どんどんストレスになっていく。

朝刊の天気予報では終日「曇」であったが、夕方から雨が降り始める。公演を一緒に隣りで見た散歩堂さん(よくぞ誘ってくださいましたと心の中で手を合わせる)と、jr新宿駅を避け、丸の内線で荻窪経由で帰還。この方がよかった。仕方のない場合を避け、朝と夜の渋谷、新宿駅は回避したい。

東京メトロ日比谷線新型車両に乗る。

午後、銀座へ。半そででちょうどいい。日陰は風が涼しいが、直射日光はまだ暑い。我が家最寄り駅から東銀座駅へは幾通りか行き方がある。東西線茅場町乗り換え日比谷線が、乗り継ぎの距離が短く楽。校正のアルバイトをしていた30代半ば、よくこれを使った。日比谷線は新型車両が到着。座席が2席ずつ独立して分割。これは回転し、クロスシートに早変わりし、便によって座席指定が取れる由。とにかく乗り心地がいい。

東銀座へ着くも、どの出口を使えばいいかわからなくなる。案内図をもとに、ぶじ「春陽堂書店」へ到着。担当者が、前の打ち合わせをしていて、精興社の営業の人だという。挨拶し、いかに精興社の活字が素晴らしいかを力説。一文の得にもならない、軽く見られるだけの所業をまたやってしまう。男は黙ってサッポロビールといきたい。

11月を目標に、春陽堂書店ウェブ連載「オカタケな日々」を書籍化することになり、今年5月分までをプリントアウトした紙束を受け取る。けっこうな量だ。いろいろ雑多に書いてきたので、構成をよくよく考えなければならない。

帰り、丸ノ内線「銀座」駅まで歩く。銀座を歩くのはいつも気持ちいい。銀座へ来たら、あそこへ行こうと思っていた場所があった気がするが思い出せない。丸ノ内線荻窪。当然ながら「古書ワルツ」へ。いくつか探している本のポイントがあったがなくて、2話ずつ1枚にまとめた落語DVDの廉価シリーズが20枚以上、1枚220円で並べてあって、ぜんぶ買ってもよかったが、持ってるのもあるなあ、などと思いつつ4枚を買う。帰って観る(聞く)のが楽しみだ。

プロ野球のない夜は心は平安。