3K住民による酒宴

おだやかに晴れた水曜日。昼はうどんを食べよう。一人用のアルミ小鍋を買う。これは鍋焼きうどんと、一人湯豆腐用。

昨日はぶじ、『ここが私の東京』ちくま文庫化のための増補章「草野心平」編を脱稿。50枚くらいは書いたか。書き出すときりがなく(話題が豊富)、なんとか「東京」のテーマに切り詰めて追い込んでいく。十分とは言えないが、やれるだけのことはやった。じつに興味深い人物だった。こないだ西部で買った草野の詩集『玄玄』がさっそく役立った。あとはゲラとの格闘が待っている。

自分へのごほうびに「テルメ小川」(温泉銭湯)でくつろぎ(入浴料880円で毎晩は入れない)、『ここが私の東京』解説と格闘中という牧野伊三夫邸へ。ゲストと一緒に酒宴。七輪の網で焼く、各所の名物であるいかを干したのを食べる。あとおでん。ぼくが国分寺、あとのゲスト3名ともが国立、小平(3K)と近隣の住民ばかりになった。「テルメ小川」の話題でひとしきり盛り上がる。みんなでギターで歌い散会。日付が変わりそうになっていたが、みんな近くていいや。

 

ぼくのせいではないけれど。

もう11月か。ぼくのせいじゃないけれど。

昨日はコンビニで用事をすませ、そのままふらふらと国分寺へ。「七七舎」均一で4冊。このところ読んでいる「梅安」の未所持講談社文庫、4と5が買えた。レジ前で北村君と喋る。ネットで売れた美術本(高価)が、とんでもない理由で返品されたという話。意外なものが挟まっていたとか。

「りお」でコーヒー、高野喜久雄詩集、梅安を読む。タバコ3本。元気な常連老人が、店内に響き渡るように語っている。そうかそうか。ちょうどいい気候で、自転車を走らせる(ゆっくり)と、気持ちいい。一年でもそうはない短い季節。

夜、草野心平原稿も大詰め。9割5分まできた。ちょうど担当のKくんからメール。『ここが私の東京』文庫版のカバーデザインが、装幀の倉地亜紀子さん(『女子の古本屋』からのお付き合い)から届いたとファイルで送られてくる。10パターン近く、見本を作ってくれた。仕事が早くてどれもいい。判断はKくんにおまかせ。

本の雑誌社のMくんからは電話。「おかざきさん、すいませーん」と泣きそうになっている。どうした、どうした。『憧れの住む東京へ』の原稿ファイル、ずいぶん前に送って返事がないなあ、と思っていたら、迷惑メールの方にまぎれこんで気づかなかったというのだ。「いいよ、いいよ。そういうことあるよ」。ぼくだって自信がないのだ、そのあたりは。

「王将」元社長射殺事件で連日の報道。そのたび、餃子の映像が映る。無性に王将の餃子が食べたくなるではないか。これ、不謹慎ながら、すごい宣伝効果である。

今後の「オカタケさんぽ」についてあれこれ考えをめぐらす。樋口一葉からあしたのジョーが第一候補で、浦安と周五郎も続く。そうか、「アド街」を見ていて、花月園跡から国道駅鶴見線で海芝浦という手もあるぞ。来年いちねんは、とりあえず持ちそう。

先日の参加は7名+担当のMさん、ぼくの9名だったが、これぐらいが動きやすい。

本日は一日死んでいた。

昨日、快晴の空の下、「新潮講座」のスピンオフ、「オカタケさんぽ」で田園調布から九品仏へ。7名が参加(1名欠席)。おなじみのみなさんだ。田園調布で降りるのは初めて、という人多し。映画「陽のあたる坂道」のロケ地として、北原三枝が歩いた道筋をたどる(原作では自由が丘駅から緑ヶ丘)。ネットで精細にロケ地ハンティングしているサイトがいくつかあり、多くを教えられる。途中、焼き芋を買うシーンの背後に旧田園調布駅が遠く映り込むことからどの道か分かる。焼き芋の屋台があるのは現在の三菱UFJ銀行前と、あきれるほどネット上のみなさんは詳しい。  

ある本で、同作の美術木村威夫の証言を得て、田園調布ではなく横浜でロケされたと書かれているが、これは証言の取り違えで、邸宅は横浜だが、冒頭シーンは田園調布と映像と同定しながら結論づけている。同じ田園調布で撮影された「あいつと私」(これも石坂洋次郎石原裕次郎だ)のカットを使って証明し決着がついた感じだ。歩いてみれば、時代は変わっても田園調布が使われたと納得がいく。V字に下がってまた上がる谷底の円周は宝来公園通り。この宝来公園も小高雄二と北原三枝のシーンで使われている。敷地面積をぜいたくに使った優雅な豪邸群を見物しながら歩くのはいいものだ。どこかに5000万ぐらい紙袋に突っ込んで落ちてないかと探す。枯葉一枚でも1000円ぐらいするのでは、などと。

古墳群のある小高い丘のトップを歩いて玉川浄水場へ。現在は工業用水としての供給で水道水としては使われていない。日本一高い工業用水(地価に換算して)ではないか。田園調布雙葉中・高で、いかにお高くつく学校かをひとくさり。川上弘美が教師をしていたのは有名。浄水場敷地内に作られた芝生のおまんじゅうみたいな「ぽかぽか公園」で休憩。環八を渡ると九品仏商店街だ。

九品仏の広い境内で参加者に散策してもらい、アップダウンを5キロ以上歩き電池切れの私は山門脇の大木を半分に割った大ベンチで休憩。境内をネコが何匹か歩いている。四時の梵鐘がタイミングよく日暮れ近い九品仏に鳴り渡る。「リーンという反響が、境内いっぱいに鳴りひびいていた。それが、地面の底から湧いてる音のような錯覚を起させる」と「乳母車」にあるが、まさしくそのような体験をする。石坂は九品仏へ来て取材していると分かるのだ。

「木鶏堂書店」へみなさんをお連れし、古本買い。久しぶりに若いご店主と言葉を交わす。ちょうど4時から、九品仏商店街は車を乗り入れ禁止とし、ハロウィンの仮装した親子づれで埋め尽くされる。来る前に一軒、一日営業している中華を見つけ、ここを打ち上げと思ったがダメだった。ひと駅、自由が丘駅へ移動し、居酒屋を見つけ打ち上げをする。個室っぽい、掘りごたつ式のテーブルで乾杯。ほとんど映画の話をしていたような。まあ、とどこおりなく無事済んでよかった。と、これは毎回の感想。一番へばるのがガイド役の私なのである。本当は古本屋を覗いて打ち上げ、だけでいいのだが、そうもいかないだろう。忘年会として、一回ぐらいは参加費なしで実現したい。散歩堂さんが幹事をしてくれるだろう。

ハロウィン狂騒曲の渋谷を回避し、南武線経由で帰宅。長い一日でした。そうそう、田園調布へ行く前、高円寺の即売会へ寄ったのだ。そんなことをするから疲れるんですよ。草野心平詩集『玄玄』(筑摩書房)を買えたのがよかった。

本日午前中に、リモートでJPIC読書アドバイザー講座の「古本講座」を担当。90分ノンストップでパソコンの画面に古本を次々と見せながらしゃべりかける。やっぱり、目の前に人がいて、反応がないと調子が出ないや。本日は一日、死んでいました。

1979年「多摩川遊園」が!

jpic読書アドバイザー講座、昨年につづきリモートでの古本講座。30日に本番、今日はリモートのテスト。いろいろ触ったことのない箇所をクリック。調整。ドキドキする。担当者と20分も喋ると疲れた。本番は1時間半。長いなあ。ちょっと声を張りすぎ。そのあたりマイク音量の調整設定をして、本番では、もう少し声を落としたい。細川俊之森本レオの調子で。

深夜、「探偵物語」6話「失踪者の影」(亜湖ゲスト)を見る。プロデューサーの山口剛さんとはコクテイルほかでお目にかかっている。愚かなカワイイ女・亜湖の依頼で、工藤ちゃんは彼女が住んでいた「大月」へ。1979年の大月駅。食堂。まだあるかしらん。カレー350円、ラーメン400円。ビール350円、とある。ラーメンなんか、調べたら大月駅前食堂(ドラマとは別)で500円ぐらいでそんなに上がっていない。殿山泰司登場。得した気分。「鬼平」の70年代版にも出ていたのを見たばかり。ラスト、田園調布付近にあった「多摩川園」遊園地が映る。この年に閉園。自由にロケで使ってください、ということだったか。明日、その田園調布へ「オカタケ散歩」。この話もしよう。

給湯器が壊れ、風呂難民となり、スーパー銭湯やネットカフェでシャワーなどでしのぐ。今日は国立のリニューアルした「鶴の湯」へ行こうか。銭湯、本当に減ったなあ。

本日より神田、明日から京都知恩寺で古本まつりが開かれる。古本の秋、である。考えること多く、脳みその容量が少ない。どうすりゃいいのさ、この私。

それで救われる気持ち

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細野さんの作曲能力の高さは言うまでもないが、じつは詩もいいんですね。糸井重里NHKの番組で谷川俊太郎さんが出たとき、糸井が(なぜ糸井だけ呼び捨てと突っ込まないで下さい)「さいきんの若い人(音楽方面)で、いい詩だと思う人はいますか?」というような質問をしたとき、「細野ナニ?(晴臣がちゃんと読めないというか、記憶から漏れ)」の名前を挙げた。「ああ、細野晴臣さんですね」と糸井が答えた。正確ではありませんよ。谷川さんが細野さんの詩を評価したってことが大切なんです。これは事実です。「終わりの季節」は徹頭徹尾すばらしい。

昨日は午後、盛林堂へ補充。均一で3冊。小野くんと喋る。近所に広い倉庫(もと学習塾)が出来て、じつは前にも見せてもらったのだが、「初めてならおみせしましょうか」と申し出てくれて、しらばっくれてまた見せてもらう。「日本の古本屋」用の列の棚は日付順にちゃんと管理されていて、ほか、文庫は文庫、新刊(盛林堂刊)の棚ときっちりしているなあ。ぼくの絵画展の図録がたくさん余って積まれている。もうしわけない。

次に音羽館。広瀬君と「物豆奇」で情報交換。さる有名人の家に買取りに行き、それ自体はよかったのだが、高級住宅地で、家を出たら駐禁を貼られていたという。警官が巡回する感じでもなく、近所の人が通報したのではないか説。ありそう。この20年で、買取りで仕方なく家の前に停めて、すでに10回ほど切符を切られたそうだ。儲けがゼロになることもしばしば。だからゴールド免許を持ったことがない。古本屋あるある、でしょうか。もと「ささま書店」店長のIくんが、下井草(井草ワニ園!)で居酒屋を始めるとのこと。古本は置かないそうです。

音羽館草野心平を一冊。漫画の棚から吉本浩二『定額制夫のこづかい万歳 月額2万千円の金欠ライフ』1と2を買う。各300円。電車のなかで読みだしたらやめられない。おもしろいおもしろい。小遣いが月額定額で決められている夫たちの涙ぐましい倹約話。この著者、手塚治虫や「アクション」の制作秘話をマンガ化する実録マンガともいうべきジャンルを確立した人で、どれもおもしろい。余計なことはせず「実録」に徹してください。トキワ荘も資料が出そろっているので、ぜひ新『まんが道』に挑戦してほしい。

お世話になりました

昨日神奈川へ。義母の葬儀、斎場で骨を拾うところまで立ち会う。うちに、本当によくしてくださった義母であった。見送りに立ち合えてよかったが一日仕事であった。ネクタイを締めるのも久し振り。白いカッターシャツと黒い靴も買う。線香の煙の向こうの遺影と読経、焼香と厳粛な気持ちになる。

このところ、ギターでよく歌うのは「旅の宿」「お世話になりました」「思秋期」「あなたの船」「20才のころ」「幻の翼にのって」「なくした言葉」「哀愁のページ」などであろうか。このうち3曲ほど歌うと納得する。むかしは1時間も2時間も歌っていたな。

井上順(現・順之)「お世話になりました」は山上路夫筒美京平作。単純なコードで、井上の拙い破れ声(それがほかにない、ともいえるが)、これをたとえば黒人の女性コーラスがソウルフルに歌えば、モータウンサウンドになる。よく女性歌手にカヴァーもされている隠れた名曲である。井上順之が「夜ヒット」司会を降板するときもこれを歌ったのでした。

『ここが私の東京』ちくま文庫化の書下ろし新章「草野心平」も20枚まで書く。あと、この倍は書きたい。大詰め。「彷書月刊」の編集者だったMくんからメールがあり、文化放送ユーミン特集で、「山内マリコさんが『ここが私の東京』をひいて、ユーミン本を受けるきっかけになった、みたいな話をしていましたよ」と教えてくれる。大いに勇気づけられる。私のまわりにはAMラジオ愛聴者が多い。

29日は「オカタケ散歩」。30日はリモートによるJPIC「古本講座」。

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