瀧井孝作がコメを積んで自転車で30キロを……

晦日、地下で一人で酒飲んで眠ってしまい、気がついたら新年だ。「紅白」を始め、ぎゃあぎゃあ言う騒がしい番組は、もう耳が耐えられなくなって、尾高忠明指揮、N響「第九」を聞いているうち眠ったらしい。

昨年末、怒涛の如く読了のラッシュ。『渋江袖斎』完読はもう書いた。『鷲は舞い降りた』に続き、ヒギンズ『地獄の季節』は面白かったが、やや荒唐無稽で荒っぽい話。いやそれこそヒギンズだという反論はあろう。しかし、私にはこの手の大掛かりな話は向かないらしい。小津安二郎学派の人として。

深々と読みたいと島村利正妙高の秋』を引っ張り出してきて、「妙高の秋」と「焦土」を読む。後者は太平洋戦争末期、空襲がひんぱんとなり、志賀直哉を島村の故郷・信州、伊那の高遠に疎開させる準備をする話。志賀は当時、世田谷区新町(現在「桜新町」駅周辺)にいた。物資不足で、弟子の瀧井孝作がコメを自転車に積んで、八王子から世田谷区新町まで志賀家のために運ぶ。ゆうに30キロはある距離。しかも舗装されていない道のはず。重いコメを積み、3,4時間はかかったろう。島村といい、志賀の弟子はイエス・キリスト使徒のようだ。

鉄道の話もたくさん出てくる。高尾が「浅川」、多摩湖が「与瀬」という駅名だった。伊那へ疎開の見分をする志賀に同行し、島村が中央線にのる。早朝始発の八王子始発に乗るため、八王子市子安町(駅のすぐ南)の瀧井邸に一泊。新宿発に乗るには何時間も並べねばならないという。八王子からの車窓の景色、与瀬駅時代の相模湖駅を通過するとき、志賀が里見とんの小説に与瀬が出てくると話す。主人公が自殺しようと汽車に乗り、この駅で「与瀬、与瀬(よせ、よせ)」と駅員がいうので止めてかえってきたというのだ。何というタイトルの小説か。この「焦土」に登場する鉄道話、ぜひ原武史先生に読み解いてもらいたい(ひょっとしてすでにあるか)。

読みかけのまま、ほおっておいた吉田健一『絵空ごと』も、この正月中に読了する。もう、いつまで読めるかわからぬからな。「青春18」もあと2回。ほぼ元は取っているので、1回、少し遠出して、あとは都内の移動で使ってもいいと思っている。

12月31日も1月1日もやることは、まったく変わらない岡崎武志を、今年もよろしくごひいきください。みなさまの厚情だけが頼りであります。