1968年フランス冬季オリンピック

「下鴨納涼古本まつり」、昨日に続き、「8月14日(土)は悪天候のため開催中止」 と発表。きびしいなあ。明日日曜の午後は曇りでなんとかなりそう。しかしそのあと(16日最終日)もダメそう。苦境の1年半の関西古書業界にあって、昨年は休んだし、今年こそという思いはいつもより強かっただろう。雨でも可能な物販もあろうが、本は水が大敵(あと、奥さんもという声あり)。ブルーシートを張っていても、これだけの雨が降れば、商品にならない本や雑誌、紙類も出てくるだろう。やりきれない。運搬と設置の手間を考えると、仕方ないではすまない。

いや、この時期、意外に京都には雨が降る。会期中2日とか、ダメになった年もあったように思う。なにかいい手はないものか。春の勧業館は屋根つきだが、神社の参道で蝉しぐれをききながら、という風情はない。

こちらもずっと雨で閉じ込められている。今日の午後、止んだように見えて、支度して自転車にまたがってふらふら逃亡をはかったが、やっぱり微量の雨がずっと降っていて外出をあきらめる。「本の雑誌」連載、田中小実昌が終わり、山之口獏の準備を始める。原稿を書かなければ、一人の人物に、これほど深く付き合うことはないから、大変勉強になる。

邦題「白い恋人たち」(クロード・ルルーシュ)は好きな映画で、DVDも買ったが、便利なのでユーチューブで、毎日、チラ見をしている。「白い恋人たち」では全編アップされていず、「1968年フランス冬季オリンピック」で全編が見られる。滑降のキリー(憎らしいくらいハンサム)の大会であった。ユーモアと詩情、競技者とは別の市井の人々の表情など、じつに楽しい。そしてフランシス・レイの音楽。涼しくなる。

オカタケな日々59が公開されました。

春陽堂ウェブ連載「オカタケな日々」も、すでに59回。今回は丸々一回分を使い、直江津への旅を書いております。すでにちょっと懐かしい。

岡崎武志的LIFE オカタケな日々〔59〕 | 春陽堂書店|明治11年創業の出版社[江戸川乱歩・坂口安吾・種田山頭火など]

www.shunyodo.co.jp

本の雑誌」9月号が出た。「憧れの住む東京へ」は第26回、田中小実昌編4を掲載。次号で田中小実昌は終了。次、誰にするか。山之口獏耕治人ほかをにらんでいる。水風呂に入り、蝉の声を聴いていると、つくづく夏だなあと思う。ほとんどこもりっきりの日々が続いている。じつは11日、知人と菱沼聖天山の案内所にできた古本コーナー「むすぶん堂」へ行く計画を立てていたが断念。だって熊谷なんだもん。日本で一番暑い町の一つだ。くわばらくわばら。おとなしくしていよう。

 

キンシオが「飯山満」へ。

毎年のことなのに、いつも夏になるまで、夏の暑さを忘れていて暑いことに驚く。「OK」へ買い物に行ったほかは、家にとじこもる。必需の氷を買うのに、「OK」がいちばん安い。しかし氷だけとはいかず、なんやかや買ってしまう。スーパーでの買い物がストレス解消になっている。ニラを買い、ニラ玉を作る。失敗がない料理だ。

tvk「キンシオ」読めそうで読めない地名の旅は、船橋市「飯山満」。「いいやまみつる」と呼んでしまいそうで、キンシオもそう指摘していたが、じっさいは「はさま」と読む。難読だ。いったいどこか、見当もつかない。西船から出ている東葉高速鉄道という私鉄で、運賃の高いことで有名。初乗りが210円。「飯山満」は2つ目の駅だが、370円とバカ高い。jrでいえば、たとえば国立から2つ目は国分寺だが、160円。北総線もそうだが、ひと駅進むたび、ドキドキする心臓に悪い鉄道である。用地買収と工事費、金利がかさんでそれが運賃に反映されているという。知らないよ、そんなこと。

キンシオは船橋まで飯山満川沿いに歩く。川沿いの並木のあるいい散歩道。こんもり盛り上がった塚らしいものも見つけるが、古墳にもキンシオはアンテナを立てる。途中「八栄橋」「鷹匠橋」「太郎橋」と立ち止まり、その由来を解説板などを読み語る。「船橋橋」は「ふなばしばし」だが、大いに反応していた。船橋という地名発祥の地である。いや、おもしろいねえ。そうか、キンシオは東京国際大学の卒業生か。先日、霞が関「ホォル」を訪ねて、目撃した大学だ。

9月に、年二回、お年寄りたちを前に2時間喋る仕事があり、もう4回目か、5回目か。いちおう「読書」がテーマだが、その折々でなるべく楽しめる話題を用意する。

東京五輪閉会式

東京五輪終わる。延期、コロナ禍、無観客と異例の五輪であった。ぼくは、スポーツだけ特例で、勇気、元気、感動をもらったと、ほかのことはチャラにする姿勢には懐疑的である。今回も開催までは冷ややかであったが、始まると球技を中心にけっこう試合観戦をした。まあ、単純なのだ。

閉会式もちゃんと見た。これはわが生涯で初めてかもしれない。今回も開会式はスルーした。そういう気分だったのである。ほかの開催を見ていないので比較はできないが、シンプルな構成で見ごたえがあったのではないか。光の競演、花火はみごとであった。まあ、単純なんですね。

各国国旗旗手入場のBGMが小津「東京物語」で、おおっと思った。「東京音頭」と盆踊り、というのもよかったし、後半の女性一人の舞は、武満徹「波の盆」の音楽をつかっていた。これでCG合成により、三波春夫が「五輪音頭」を歌ってくれたら、さらに盛り上がったろう。「東京物語」も「波の盆」も、進行のNHKアナは何も言わない。大事なことなのになあ。男性アナの言い間違いが多いのも気になる。男子野球の実況のアナもひどかった。ひどいもんだなあ、と見ながらぼくはつぶやいていた。

週刊現代」依頼の書評を仕上げて送る。「オカタケな日々」61、62も書き始める。

南野がいればなあ。

そのうち、近いうちに、日本も40℃超えの夏を迎えることになるだろう。ブーゲンビリアの花が咲き、カラフルな鳥が飛び交い、バナナが食べ放題。おサルが枝から枝へ。

某紙地方版の記者から『愛についてのデッサン』好調について、電話取材を受ける。40分ぐらい喋ったか。ギャラはなし。電話取材って、そういうものだ。よく勉強、下調べしている記者で、安心して喋る。

メール受信で、書評依頼があったのに失念していたことに気づく。まだ読んでなかった。あわてて一日かけてエンタメ小説を読了。ちょっと焦りました。

五輪男子サッカー、対メキシコ3位決定戦に敗れる。スペインの圧倒的優位に比べて、つけいるスキがある(事実、シュート数は多かった)と思えたが。南野がいればなあ、などと思う。各試合、1点ずつ加算されただろう。堂安、久保にもう一枚欠ける気がした。まあ、ぼくは世界戦ぐらいしかチェックしない素人なので、何も言わないほうがいいか。

開催が危ぶまれたが、予定通り、京都3大古本まつり「下鴨」が11日より始める。一瞬、「青春18」を使って、中央本線回りでのんびり行くかなどと思ったが、5000人感染者の魔都・東京からの移動は忌避されると断念する。それに京都の夏の暑さもよく知っているしなあ。昼食後、昼寝としゃれこんだはいいが、2時間近く熟睡してしまう。鎌倉の高級旅館の無料宿泊券が当選した夢を見る。いつ行こうか考えていたら目が覚めた。目が覚める前に行っておくのだった。

霞が関、角栄、ホォル

8月5日、酷暑のなか、東松山在住の友人Iくんのガイドで、東武東上線霞が関」へ。半世紀を経て疲弊した「角栄商店街」内にできた、古本屋「ホォル」を訪ねる。どこかにくわしく書きたいと思う。本来なら、打ち上げでIくんと居酒屋という寸法であるが、緊急事態宣言下で手も足も出ない。すぐに引き上げる。いやあ、行けてよかったです。アーケードのある長い商店街の8割方は店を閉じてしまっている印象。いま、空き店舗に若いやる気のある人を誘致して、カフェなどが生まれつつある。

『愛についてのデッサン』ついに4刷!

ちょっと日が傾いた時期を狙い、蝉しぐれを浴びながら自転車で国分寺。「七七舎」の内と外で4冊。2005年の「くうねる」は鎌倉時代の牧野伊三夫さんが取材されている。蟲文庫さんも登場。ぼくも「食う」「寝る」生活ではかなり上級だが、この雑誌のテイストからははずれる。ざんねんだ。「月刊ビル」という大阪発の薄い雑誌も買う。雰囲気からして昭和40年代かと思ったら、10年ぐらい前の雑誌。

『愛についてのデッサン』(ちくま文庫)がさらに増刷され、ついに4刷となったと、担当者からメールが。今のところ、勢いが止まらない。これでドラマ化でもされたら、さらに増刷が進み、低い編者印税ではあるが、大いに助かる。主人公の配役は、年齢が合わないが、ぼくは西島秀俊のイメージ。