「ノマドランド」で暗誦するシェイクスピア

ときどき、独身時代に住む部屋(たいてい変な造り)の夢をみる。廊下側に壁がなく、ドラマや映画のセットみたいに素通しだが、留守して盗られるものもない。

昨日はひさびさ、小川駅から北の中華「宝来屋」でタンメン450円。昼は満席だ。相席ができないのでそうなる。理想のタンメンはやっぱりうまい。「日高屋」の野菜たっぷりタンメンは、野菜がたっぷりすぎて、麺までなかなかたどりつかず、しかも野菜が固くて、途中で顎がくたびれてしまうのだ。おまえはトシヨリか!

「なごやか文庫」でロバート・B・パーカー『冷たい銃声』を一冊100円で買い、その日のうちに読んでしまう(すでに読んでいたと途中でわかる)。スペンサー、一日一冊。店番のおばさんに、くどくどと自分の話をする老人あり。親父の自慢。そして自分が人助けをするいい人物であることを(ほめてもらいたい光線を発し)いつまでもしゃべっている。店番のおばさん、こなれまくっていて、適当に褒めながら話を聞いてやっている。帳場を占領していたので、ずっと待機し、老人が去り、お金を払う段になり「お疲れさまでした」と言いそうになる。

あんなふうになりたくない。自分の話を聞いてもらうときは、有益な情報か、失敗話で笑わせるに限る。ぼくは自戒しているが、もし「俺様は」モードになっていたらどうか注意してください。

「學燈」連載が継続し、今年も締め切りが。3冊を簡潔に紹介するも、ただの紹介に終わってしまい、ひと晩寝かせ、今朝手直しをする。まだ紹介臭が残ったいるが、1本300字ほどだから仕方ない。

深夜、カティサークをぺろぺろなめながら録画した映画「ノマドランド」をやっと見る。昨年のアカデミー賞、監督、作品、主演女優の3冠。そうか、そういう話だったのか。2008年アメリカの経済破綻で、多くの高齢者が職と家を失い、自家用車やトレーラーハウスに住み、仕事を求めて放浪する。現代版「怒りの葡萄」である。主演のフランシス・マクドーマンドはぼくと同い年。「アマゾン」やファストフード店、自然公園の清掃などの職につく。途中、気力を失って放浪する若者と再会。詩を暗唱して贈るシーンあり。シェイクスピアソネットだ。ぼくは吉田健一訳に頭で置き換えて聞いていた。やっぱりいいや。

今月末締め切りの太田克彦さんの文庫解説、ゲラをようやく読む。メモを取りながらの読書。メモを取りながら構成を考える。引用の利き目とか。